第27話
今日も俺に「この分岐」が示されている。
あの夫婦の夢から更に幾日が過ぎた。
この夢に対する向き合い方を明確にした事で、かなり選択がしやすい。自分の出した答えに納得ができる。その結果が死であったとしても、救いようのないものだったとしても。
だが、今日の夢は最悪だ——。
その夢は闇から始まる。
上方から僅かに当たる光によって、そこが草むらである事がわかった。
背の高い草の中で、男性らしき後ろ姿が見える。両手を前後に規則的に動かしてガサガサゴソゴソと何かをしていた。
黒い帽子を被っているが刈り上げられた襟足により髪が短い事がわかる。青いTシャツを来たずんぐりとした背中とズボンの間から、肌色の腰と尻の割れ目が、はみ出していた。Tシャツから伸びる肘の肌色も目立つ。
男の左手側には同じく背の高い草が並ぶ斜面、男の右横には黄色く小さなリュックサック乱雑に置かれ、かろうじて草むらから見えていた。
視界が左にずれて男の位置が右にずれる。そのまま映像が近づく。
男の息遣いも近づいて来た。
男の前には女が仰向けで倒れて上下に微動している。
直角に曲げられた男の左腕は、女の腰辺りを持ち、男の脇下から、肌色の太腿が伸びていた。
男の前後する動きに合わせてその脚も揺れる。
草の中で白いスニーカーがプラプラ動いていた。
更にカメラが近寄って行き、この夜闇でも整った顔立ちがハッキリ見える。
頭が、がくんがくんと動く度に、前髪や後ろ髪も揺れていた。
女は目を見開き、口を開け、表情が虚なままに、後頭部を地面に擦られている——死んでいた。
——なんだ? この状況。どういう事だ?
更にズームされ、
映像には女のヘソから上が映っていた。その下は見えない。
めくれ上がった灰色のパーカーから露出した腹部の両側を、男の両手が、がっしりと掴んでいる。
上下する動きに合わせ、パーカーが地面に擦れてめくれたり戻ったりしている。真ん中にはファスナーが付いているので、首下ではだける事はない。
時折り女の
その動きが止まった。
更にズームする。胸から下へ移動し、腹部の様子がわかりやすくなった。
めくれたパーカーの下から黄緑のインナーが覗き、その下に男の両手指が少し入り込んでいる。向かって右側が左に比べて多く露出しており、薄く浮き出た肋骨がわかった。
そのインナーと肌の境目にカメラが更に近づく。
何か、
男の右手がまくる。
少しだけ映像が離れ、また女の上半身を見る事ができた。
男の両手が腹部から離れ、女のファスナーを下ろす。
黄緑のインナーが
胸の膨らみにより
そのインナーも上にめくられた。
黄色いブラジャーもあらわになる。
それも上にずらされた。
覗いた膨らみが少し潰れる。
右のピンクのそれの近くにもう一つ、赤い突起がある——また出来物だ。
『分岐です。彼は出来物を潰しますか? それとも潰しませんか?』
——なんだこれ? なんなんだこれは。
意味がわからない。いや、状況はわかる。起きている時ならば吐き気を催すであろう、この状況は。
——なんでだ? なんでこんな事をしている? なんでこんな状況で、そんなモノが気になるんだよ?
男は女の死体を自分の欲望の吐口にしている。それだけでも異常だ。
なのに、何故、出来物なのだ。俺の思考と理解を軽く超えている。
考えがまとまらない。時間だけが過ぎる。
『まもなく時間です。カウント10で彼の行動が自動的に決まります』
こんな奴を救えというのか。こんな事をする奴を。
『10』
何故こうなったのはわからない。だが、俺にとっては受け入れられない事だ。
俺は一人救えなかっただけでも多大な苦痛を感じているのに、何故こいつはこんな事ができるのだ。
『9』
——もしかして、俺もそうなのか?
俺も起きている時なら、こんな状況に興奮するのか。脳だけでなく、体が起きている、そんな状況なら。
『8』
俺は違う。俺はこいつとは違う。
俺はこんな状況を絶対に生み出さない。
『7』
こんな事は許されない。こんな事をする奴が、生きていて良いわけがない。
『6』
——どうすればこいつを殺す事ができる?
『5』
——どちらを選べば良い? 出来物を潰すのがそうか? こいつの狂った好みを満たしてやる事がそうか?
『4』
——潰さない場合は? 何をする? こいつを殺せるのか?
『3』
絶対に殺してやる。
お前は死ぬべき人間だ。
『2』
お前が少しでも喜ぶ事は、してやらない。
『1』
お前の望む自然な答えになんて、してやらない。
「——答えは『出来物を潰さない』だ」
映像が動き出す。
————死ね。
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