第3話 入学騒動③

 あの0点を言い渡された後、俺たちは赤目の男に連れられて車に乗せられた。

 紫乃と呼ばれた女子は、別の車に乗った。


「それにしても君たち、やっちゃたね。紫乃ちゃんは怒ると怖いよ〜」


「「……」」


 なぜこうなっているかと言うと……まあ悪いのは俺たちである。


「えーっと、確か廻は紫乃ちゃんが刺された原因で———」


 …………。


ほとぎが涎でべとべとにしたと」


 隣に座る甌を見ると、澄ました顔をしていた。


「まあ、あれぐらいの傷は痕は残らないように治せるし、涎も落とせるから。 僕としては面白かったから別にいいんだけどね〜」


 そう赤目の男が言うと、運転手が通話中のスマホを差し出した。通話相手は『荒掴紫乃』と書かれている。


『先生、また後で』


 声怖。

 車内の温度が下がった気がした。


「「「………」」」


 男三人、この表情である。

 既に電話は切れている。


「よし、二人とも。 何か食べに行かないか!?」


「「賛成」」


 逃げることにした。


 俺たちは運転手をなんとか説得して、その辺の定食屋に止めてもらった。


 この時間帯、別の客は殆どいなくて順番待ちする必要はなかった。


 俺たちは適当に食べたい物を選んで席についた。会計は赤目の男が出してくれた。


「それじゃあ、まずは自己紹介だね。僕は菊傘きくがささく。君たちの担任だ。よろしく!」


「え、あんたが担任なのか?」


「そうだよ、ビシバシいくからな。覚悟しとけよ〜」


 赤目の男———菊傘は頼んだ米と味噌汁を頬張りながら言う。


「あ、そうだそうだ。紫乃ちゃんのことも軽く話しておこうか」


「荒掴さんでしたっけ。どのような方で?」


 シャケの小骨に苦戦しているほとぎが礼儀正しく質問する。


「お前たちと同級生で、女の子で………めっちゃ怖い」


「「……」」


 皆の箸が止まる。

 確かに、あの不機嫌の紫乃を見た時は震えたな。

 本気で戦えば負ける気はしないが……、なんかこう、分からない不気味な怖さがある。


「あいつ、やることえげつないんだよな〜」


 菊傘がコップを5指の先で持ち、中に入ってる水を揺らす。


「何されたんだ?」


 麻婆豆腐を味わいながら問いかける。


「………」


「廻、やめとこう」


 何されたんだよ……。


「まあ、紫乃ちゃんの事は置いといて………僕は廻と甌の事が聞きたいな。なんか仲良しじゃん。前から交流あったの?」


「別に仲良くはないですよ。こいつがいつも絡んで来るだけです」


「おい、それはお前だろ? いつも俺の獲物奪いやがって」


「いつも奪われるって事は、僕の方が強いってことだよね?」


「は?」


「うん、よく分かった。喧嘩はやめよう」


 いやいや、喧嘩なんて。こんなガキみたいなやり取り、怒る方が疲れる。


「あ、そうだ。言い忘れてたけど、今年の入学生、確か君たち入れて5人だから」


「少ない?」


「いや、多いと思うな」


 術者が5人。

 俺には野良の術者の知識しかないが、野良でも5人で動くグループはなかったように思う。だったら、5人は多い方かな。


「5人はまあ普通かな。2年も3年もそれぐらいだったよ」


「ふーん」


 相槌を打って、最後の一口を咀嚼する。

 ここの麻婆豆腐は美味しかった。また食べに来よう。


「それじゃあ、そろそろ行こうか」


「はーい」

「ご馳走様です」


 俺たちは3人揃って店を出る。また来たいと思えるいい店だった。


 そして、店の外には。


「………楽しかった?」


「「「あ、」」」


 荒掴あらずか紫乃しのが仁王立ちしていた。

 その後ろにいる運転手はケータイをひらひらとさせている。賄賂がお気に召さなかったようだ。


「3人とも、覚悟はできてる?」


 何でこんなにも怖いんだろう。

 紫乃とは今日初めて出会ったはずなのに、どうしてこんなにも震えてしまうんだろう。


「正座」


「あの、紫乃ちゃん? ここ一応お店の駐車場だからね。迷惑が……」


「……デコピン」


「ノー!いやだ、やめなさい!」


 先生が必死に荒掴紫乃を止めようとしている。

 別に女子のデコピンぐらい、大した事ないだろ?


「え、デコピンでいいのか? それだったら別にいいぞ」


 俺は髪をかきあげおでこを見せる。

 荒掴紫乃は苛立ち目で俺を見ている。

 先生は、何とも言えないような何も言えないような風に見てくる。

 ほとぎは興味なさそうだ。メール返してるし。


「……せいぜい苦しめ」


「ほら、全力でいいぞ。全力で」


 荒掴紫乃が左手をデコピンの形にして、俺の額の前に突き出す。

 そして、中指を額へ打ち出した。


 衝撃。

 

 何だこれぐらい———

 え、なにこれ?

 いたい、痛い、めっちゃ痛い?

 脳抉れた?

 なにこれ、やばい。

 なんかクラクラする、ここどこ。

 世界回ってる?

 俺立ててる?

 あれ、頭ちゃんとある?

 あ、やばい体に力入らない。

 死ぬ?ここで?そんな馬鹿な。

 だめだ、目が暗くなる。

 


 波座間はざまめぐるは、荒掴紫乃のデコピン一発で意識を手放した。


 その場に崩れ落ち、白目を剥いて倒れている。


「さあ、次」


 荒掴紫乃の左手が蚊蝋かろうほとぎへと向く。


「……これが君の術式かい?」


「罪を…償え」


「ああ、答える気はないのか」


「お前も、涎まみれにしてやる」


「相当怒ってるね、君」


 蚊蝋かろうほとぎは考える。この場からどうやって逃げるか。


 結果、色々思いついたが確実な方法はこれしかない。


「俺を運べ、翔」


 ほとぎの足下に現れた真っ黒の渦。その中から一体の鳥型怪異が飛び出す。

 その怪異は甌を背に乗せ大きく羽ばたこうとしたところ、予想外のことに力なく怪異の動きが止まった。飛び上がることすら出来ず、怪異は地面に転がる。


「ごめんな甌、許してくれ」


 菊傘きくがささくがそう言った。その表情から、謝罪は口だけと言う事が分かる。

 

 怪異がダメなら、走って逃げるか。

 そう考えた甌だが、今気がついた。体が動かない。いや、力が入りにくいと言うべきか。立っているのがやっとで、足を踏み出せない。


 この教師、なんかやったな。


「あんた、それでも教師か」


「ふ、僕と言う壁を乗り越えろと言うことさ」


「訳の分からないことを……あ、」


「苦しめ」


 目の前に荒掴紫乃の左腕が迫る。

 無常にも、荒掴は躊躇いなく中指を甌の額に打ちつけた。


 甌も廻と同じように、その場に崩れ落ちた。


 そして、この4人のやり取りの一部始終を見ていた運転手。4人のある程度の術式を知っている彼は今何が起こっているのか一応は分かった。


(この人たち、レベル高いなー)


 今年は豊作だと喜ぶ反面、性格に難ありということで事故処理が面倒だと思った。

 

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