第四話 一歩の勇気

「うーん」

 週が明けた月曜日。給食後の昼休み、つむぎは図書室の前で唸っていた。つむぎが見ているのは、図書室の扉に貼ってある小説募集の張り紙。

 私の気持ちが伝わらない、か。

 つむぎは昨日真央に言われたことを頭の中で何度も考えている。

 確かに今度はうまい小説を書くことに集中してしまい、自分が伝えたいことが薄れてしまった。まさに本末転倒である。

 真央からはこうも言われた。

 文章の小綺麗さよりも、まずはもっとわかりやすく自分の気持ち、心情を文字に起こすべきだと。

「そう言われてもな……」

「どうしたの?」

「ひゃ!」

 後ろからの声につむぎはびくんと肩を大きく上げる。この優しい声。誰であるかは、すぐにつむぎにわかった。

 ゆっくりと後ろを振り向く。

 そこにいたのは悠太郎。不思議そうにつむぎを見ている。

 悠君の方から話しかけてくれた!

 つむぎは大きく跳ね上がる心音をなんとか宥めつつ、悠太郎に向かって一歩近づく。

 ちょっと近づき過ぎちゃったかな。引いてないかな。

 伏目がちに悠太郎の方に視線を上げるが、特に反応はなし。

 もう少しだけ。

 つむぎは更に半歩踏み込む。

 ある程度近づいても、悠太郎が嫌悪感を抱いている様子はなし。多少は距離が近づいたと、内心喜んだ。

「……あ、あの……」

「うん?」

「私も、書こうと思うの。それで……悩んでて……」

「書く?」

「……」

 最初つむぎは目を悠太郎と合わせていたものの、その悠太郎の大きな目で見つめられるとだんだんと恥ずかしくなり、視線が下がっていく。

 俯き黙りこくるつむぎに対し、悠太郎は首を捻る。

 変な子って思われたかな?

 どうも悠太郎を前にすると、言葉が出てこない。真央とか女友達のように話せない。恥ずかしい。

 悠太郎は扉の張り紙に視線を向け、「あー」とどこか納得したような表情。

「つむぎちゃんもこれに応募するの? この図書委員の小説の応募に」

「う、うん……。ただ難しくて……。うまく書けない……」

「確かにね。俺も今書いているんだけど、難しいよね」

「うん……。じ、自分の気持ちを書くのが難し、い……」

「俺はね、自分の体験を参考にしてるよ」

「自分の、体験?」

「そう。実際に体験したものを文字に書き起こすのは、多少楽」

「そうなんだ。……私も……そうする……」

「うん。がんばってね。楽しみにしているから」

 悠太郎はそう言い残し、図書室に入って行った。

 つむぎは頬を赤く染め、ぼーっと悠太郎の後ろ姿を見つめる。

 楽しみにしてくれるって、言ってくれた。私のこと気にしてくれるんだ!

 単なるお世辞かもしれない、とはつむぎは欠片も思わない。楽しみにしていると言葉をそのまま受け取る。意中の相手が気にしてくれているという喜びで頭がいっぱいなのだ。

「がんばる。……そして、悠君と……」

 つむぎは一人、笑みをこぼしながらそう小さく呟いた。

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