10話 神さまお願いガチャ


 くたくたになった僕が試着室から出ると、当然ゴチデスさんと向き合うはめになった。


「ほう、これはなかなか……お似合いですよ」


「ど、どうも」


「ゴチちゃん!? 真央まおくんはね、私以外ありえないんだから……変な気を起こさないことね?」


 何が私以外ありえないのだろう、なんてツッコむ気力はもはや残っていない。


「お客様にそのような気持ちを抱いたことはついぞございません。ただ、心からの感想をお伝えしたまででございます」


 ゴチデスさんもゴチデスさんで徹頭徹尾、冷静沈着って感じでこれはこれでクセが強い。

 これが類は友を呼ぶってやつなのかな?


 ん、あれ……?

 この場合、ぼくはクセつよ同類ってわけじゃないよな?



「さっそくだけどゴチちゃん、いい籠手ナックルない? Lv2でも使いやすくて、えーっと、マオちゃんの力っていくつ?」


「300……3ぐらいです」


「あっ……うん、3、3ぐらいだよね?」


「は、はい。たぶん」


 そういえば僕のステータス数値は、ごまかす段取りだったのを忘れそうになってた。

 危うく化物認定されてしまうところだった。


「3、ですか……?」


 しかし、なぜかゴチデスさんは僕をジッと注視して黙り込んでしまう。

 その目つきが妙に鋭く、ちょっとだけビビってしまった。


「ゴチちゃん、怖すぎ。真央くんが萎縮しちゃうからね」


「これは失礼しました。力が3ですと……こちらの棚にある物がお勧めかと。どうぞ、お好きに覗いてくださいませ」


 金剛こんごうさんがすっと壁になるように割り込み、そそくさと装備を品定めし始める。


「ふーん……Lv4ぐらいまで使い続けられる籠手ナックルにしたいんだけど……なさそうね」

「申し訳ありません。籠手は利用する冒険者が少ないものでして、当店での入荷は見合わせております」


 やっぱり人気ないんだ籠手。

 そうだよな……誰が亡者ゾンビを直接殴りたいって思うんだろう。


「えー! 籠手ナックルが一番ストレス解消になるのにわかってないな~! 襲って来る魔物を生意気なクソ生徒って見立てたり、小言のうるさい所長の顔を想像しながら殴り飛ばすのって気持ちいいわよ」


 ものすごくリアルのストレスを感じさせる発言に、僕も店主も黙った。

 教員と冒険者ギルドの兼業って、大変なんだろうな。

 いつもありがとうごいざます、と心の中でお礼を述べておく。


「うーん、どうしようっかな~」

「あの、僕は別に剣とか弓とかでも……」


 どれも価格帯が安く、一番高い武器でも30万円だったから今の僕なら何でも買える。


「例えばこの【鉄人てつじんの槍】とか」

「それはダメよ。装備条件にステータスの力が4も必要なのよ?」

「あ、はい」


 あ、力3って設定だった……。


「これは武器ガチャ引いた方が早いのかな~」

「武器ガチャ……ですか?」


 どうしても僕に籠手を持たせたい、という彼女の意思が伝わってくる。


「そそ、各街にちなんだシリーズガチャがあってね? 引けるのはその都市に行ったことがある冒険者のみなの。この【剣闘市オールドナイン】は闘技場があるだけあって、武器関係の種類は、他の都市と比べると充実してるのよ」


「都市ごとにガチャ? があるのですか……」


 聞いてみると、何やら人類を守護する神々の祝福のようなものらしい。

 黄金領域として解放された地域のみ、金貨を捧げればその地を治める神から祝福がランダムでいただけるのだとか。

 

「1回につき金貨1枚よ。試しに【剣闘市オールドナイン】の籠手ナックルガチャを引いてみるのもありよ? 神様に武器をください~って、祈るだけでいいの」


「コンゴウさん、こんな少女に金貨の消費を勧めるなんて……これだから貴女様というお人は……」


 なぜか憐憫の眼差しを向けられてしまう。

 金貨1枚=1発3万5000円の高級ガチャか……。

 まあでも1枚ぐらいならと意気込み、神様にお願いしてガチャを引いてみようとする。

 どうかどうか、武器をください~!



:あなたは黄金教の祝福を受け取れません:

:【闘神オールドナイン】の祝福が生む武具を購入できません:


 あ、あれ……? なぜかガチャが引けない。

 もしかしてこれは僕が魔王だから……?


「どうしたの? マオちゃん、いい籠手ナックルがでた……様子はないわね」

「いえ……その今月は厳しいのでガチャはやめておきます」


「あら。じゃあお姉さんと金貨を稼ぎにいっちゃう?」

「いえ……とりあえず現金ならけっこう持ってきているので……日本円で買える物を……」


「では、ご自分で造ってみるのはいかがでしょうか?」


 ゴチデスさんが僕たちのやり取りを静観していたけれど、ここぞとばかりに提案をしてくる。


「鍛冶技術パッシブを習得するのです。己の身体を鍛え、記憶量を増大させ、技術パッシブLvを上昇させれば、自分に合った武器を作れます」


「なるほど……でもどうやって鍛冶技術パッシブを……?」


「【伝承本】というアイテムがございます。その中でも、こちら【鉄物語】をお読みになればたちまちにして鍛冶技術パッシブをご習得されます」


「ちょっとそれって【創造の地平船ちへいせんガリレオ】の技術パッシブガチャで排出されてるじゃないの! 20万円なんて高額すぎるわ」


「しかし本来であれば10ガチャ回しても手に入るどうかの代物ですよ? 35万円かけて手に入れるより、お得じゃないですか?」


詭弁きべんね」


 何やら二人の間で見えない火花が散っているようだ。


「それに現状は武器ガチャ、店売り品、ドロップ武器の方が、冒険者が作った武器より性能がいいものばかりじゃない。真央まおくんが武器を作れるようになっても得は薄いわ」


「確かに鍛冶技術パッシブは、生産人クラフティンが盛んな【創造の地平船ガリレオ】でも、不遇であるともっぱらの噂ですね」


「知ってて売ろうとしたわけー? しかも20万とか無理! 見ての通り真央くんは冒険者になり立てよ? そんな娘からお金をむしり取ろうとするなんて……!」


 ずいっとゴチデスさんを睨む金剛さんだけど、当の店主は悪びれもなく満面の笑顔を浮かべ続けている。



「ゴチちゃん、覚えておきなさい。真央くんをいじったり・・・・・、困らせていいのは私だけよ?」


 金剛さん……『いじる』ってもしかしてさっきの試着室での一件、じゃないですよね?

 あーいういじりはもうごめんですよ?


「どうせ在庫処分でしょ? 【創造の地平船ガリレオ】で大量に余ってる技術パッシブ系の【伝承本】を安値で仕入れて、こっちの都市なら売りさばけるってわけ?」


「やはり商売は、目利きのできる人とするべきですな。非礼のお詫びに、こちらは無償でお譲りします」


 ですから今後もよしなに、と笑うゴチデスさんだけど……なぜだかこの人から借りというものを作ってはいけないような気がした。

 そもそもこの一連の流れをゴチデスさんは予想していたふしすら垣間見えた。

 なので僕は別の提案を試みる。


「あの、これと交換というのはいかがでしょうか?」


 そうして【宝物殿の支配者アイテムボックス】から取り出したのは、ナンパ師3人組がドロップした武器である。

【銅の剣】、【しなる弓】、【鉄の槍】だ。


「ちょっと、真央まおくん!? そんな武器をどこで!?」

「金剛さんと会う前に、親切に譲ってくれた冒険者がいました」


 適当にホラを吹いておく。


「うん……まあ真央まおくんの可愛さなら、納得かな。っていうか真央くんってアイテムボックス持ちなんだ……いいなあ」

「おやおや……なかなかに使い込まれておりますなあ」


「ちょっと、真央くん。ゴチちゃんにあげるのは2つで十分よ」

「いえ、ここは3つにしておきます。次は騙すような取り引きじゃなく、もっといい待遇にしてほしいので」


 暗に太客になるかもだから、今後はこっちが知らないことも教えてくれると助かるよ? と伝える。

 

「これはこれは……なかなかにお取引のし甲斐がありそうな少女ですね。ゴチです」


 僕を騙して一回限りの付き合いで終わらせるより、僕の信頼を勝ち取った方が長く太い利益をもたらすかもしれないアピールだ。

 これで相手が相応の対応を取らなかったら、早いうちに見限ればいいだけのこと。

 今度はぼくが品定めする番ってわけだ。


 とにかくこうして僕は、鍛冶技術パッシブを習得した。



◇◇◇



◆掲示板◆

異世界パンドラ】TS魔王ちゃんねる【配信者を語るスレ】


:魔王ちゃんはいたか!?

:いや、【剣闘市オールドナイン】に来てるけど見当たらない

:おっかしいな……あの特徴的な容姿ならすぐ見つけられると思ったんだけどなあ

:銀髪巨乳だもんな


:ちなみにこのスレでステータスに目覚めて冒険者やってるって奴、どれぐらいいるん?

:ノ

:ノ

:ノ

:ノ

:ノ


:5人か

:意外に多いな

:ちっきしょおおおおお! 俺もステータスに目覚めてたら異世界パンドラに行けたのにいいい

:魔王ちゃんを直接拝めたかもしれんしな

:まあ、ここは同志たちに任せようぜ


:マジで見当たらない

:【剣闘市オールドナイン】って言ったらまずは闘技場コロシアムだろ?

:あとは塔剣に登って釣りをしたり

:一応スポットは見て回ったけどいなかった

:コロシアムで銀髪少女が観戦してるって情報もない

:数日前にそれらしき少女がぼっ立ちしてるってのは聞いた

:あー、まじでどこにいるんだ?

:もしかして外に出たんじゃないか?

:【白き千剣の大葬原だいそうげん】か……俺、あそこの【亡者】苦手なんだよなあ

:わかる。大して強くないけどビジュアルがなあ

:キツイ


:でも魔王ちゃんがそんな場所に行ってるって思うと

:怖いだろうなあ……

:恐怖に怯えてるところを颯爽と助ける! 悪くない、悪くないぞ!

:行くしかねえな!

:あ、俺、知り合いの冒険者にも声かけて一緒にいくわ

:人海戦術!? てめえ、ずるいぞ!?

:ふっ、先に見つけたもん勝ちさ

:俺だってやってやる! なんならPTメンバーを誘って行ってやる!


 こうして本人のあずかり知らぬところで、魔王ちゃん捜索隊ならぬ救出隊が結成されていた。


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