2話 平凡サラリーマン、巨乳ロリ魔王になる
早く家に帰りたい。
ゲームがしたい。Lvを上げたい。ステータスを強化したい。
次の【黄金領域】を踏破したい。
「……また、あのひりつく戦闘を味わいたい」
会社のデスクに座り、PCに向かってる時でさえも、僕の『現実』はきっとゲームの方なんじゃないかと思えたりする。
だって、こんな冷めた現実より、
「おーい、
濃厚な煙草の匂いをまとわせた男性が僕のデスクにグシャリと大きなゴミ袋を置く。
喫煙エリアで休憩を満喫していたらしいその人物は、親が大企業の経営者をしているという理由で入社できた
いやいや、僕は
「成宮さん、そのゴミは清掃員さんが回収しに来るので————」
僕が片付けるのは無駄な作業ですとやんわり主張しようとしたけど、彼はその整った顔立ちにねばついた笑みを浮かべて遮った。
「ゴミ出しぐらいできるだろ、なにせお前はこの部署のでっけえ粗大ゴミなんだしよ」
彼は常に余裕があり、そして自信家だ。
なにせ激しい就活戦争なんてのは顔パスで余裕だし、彼の親が経営する会社との取引で、この部署は大きな利益を上げられたのだから自信満々だ。
いいなあ、と憧れる部分もある。
「
成宮さんは近くを通った女性社員二人へ、急に話しかけた。
「河合さんの取り柄? えっと、高身長……というか進撃の河合さん? 巨人?」
「ちょっとやめなってぇー。でも202cm? は、おっきすぎるよねー」
僕は成宮さんと一緒にクスクスと笑う女性社員たちから逃れるように席を立つ。
ここで成宮さんの機嫌を損ねて得する人なんていない。だから僕の味方もいない。
「…………承知いたしました」
しぶしぶと彼の要望に頷きつつ、僕はゴミ袋を片手に歩く。
すると同期の安藤良太が心配そうに話しかけてきた。
「あんのパワハラ野郎……ひでえな。成宮の言うことなんて気にすんなよ。河合には河合のできることをキッチリこなしてるってのに」
「いつもフォローありがとう」
「でっかい図体を縮こまらせてないで、胸を張ろうぜ! ポジティブが絶望をぶっこわーす!」
僕を励ますように安藤が背中をポンポンと叩いてくる。
「ったく成宮の野郎、年収マウントとかだせえっての。そうだ河合! 金には金をってことで、また週末に『転生オンライン:パンドラ』で一稼ぎしないか?」
「『パンドラ』で稼ぐのは無理があるよ。いくらモンスタードロップの仮想金貨が1枚1円で換金できてもなあ……」
「まあ、な。
「どうせ僕たち【六芒星】にレベリングしてもらうのが狙いでしょ?」
「たっはー! バレたか。さすが冒険者ランク2位のパーティーメンバー様は洞察力が鋭いな」
「なんだよそれ。おだてても何も出てこないって」
安藤と軽く笑い合えば、成宮さんに対するモヤモヤも自然と晴れていく。
「って、こうやってお前と笑い飛ばしてもよ、成宮に面と向かって言えない時点で俺もあいつと同罪なんだよなあ……何にもできず、すまんな」
「そんなことないさ」
この会社を続けられてるのも、わりとお前の存在が大きいんだ。
なんて照れくさい感情は表に出さず、気のいい同期に手を振って別れる。
それからゴミ捨てに行った後、僕は採算表の直しを終えて無事に帰宅。
「ただいま」
誰もいない1LDKのアパートに帰り、風呂、ご飯と済ませてゆく。
「……僕の取り柄は、高身長(笑)だけか……」
少しずつ増えていった無色の感情。
少しずつ蓄積されていった鉛のような倦怠感。
自分がすり減った、そんな感覚。
毎日、毎日、代わり映えのない日々を送って、誰かに何かを削られ、自分で何かを捨てて、そして多くの何かを諦めていった。
「でも、僕には【パンドラ】がある」
VRメガネを装着。
どんなに嫌なことがあってもVRゲーム【転生オンライン:パンドラ】があれば、僕は生きていける。
【パンドラ】はいわゆる死にゲーだけど、その難易度が癖になる。
キャラが死ねばレベルが半分になって蘇るか、違う【身分】になって一から転生するという鬼畜仕様だ。
それでも僕は……僕たち【六芒星】はつい最近、前人未踏の魔王を倒した。
まだ誰も発見できていなかった魔王を、まさかの初見で! ギリギリだったけど……僕のラストアタックで仕留めたんだ。
あの時の興奮を思い出すとアドレナリンがドクドクと出てくる。
もしこの激闘の最中で
そのスリルが最高だった。
「ん……あれ? おかしいな」
【パンドラ】にログインしようとしてもできない……?
んん、【転生オンライン:パンドラ】は本日を以ってサービスを終了いたします……?
妙なアナウンスログが流れてるな。
バグかな?
「う、うそ……だろ……!?」
スマホで事実確認すると、『パンドラ突如サービス終了』とニュースに取り上げられている。
「え……? だって、え……僕がどれだけ課金して、がんばって……このゲームに注ぎ込んできたか……どれだけの情熱と時間を……」
次の瞬間、僕はあまりのショックから目の前が真っ暗になった。
◇
「ん……んんっ……寝てたのか……?」
どうやら僕は非現実的な夢を見ていたようだ。
さっ、パンドラにログインしよう。
だけど何度ログインしようとしても、VRゴーグルは同じアナウンスしか送ってこない。
パンドラがサ終したと。
「な、なんでえええぇぇぇぇ…………えっ?」
なんか僕の声、変だな?
「あー……あうあー、あう?」
すごく透き通った女子の声みたいだ。
ん、待て待て。
腕が細い。
そもそも視点が低すぎないか?
僕って身長202センチだよ、な?
あれ、なんで机がこんなに高いんだ!?
「天井たっか! 開放感すごい!」
いやいやいや、そんなことではしゃいでる場合じゃない。
なにこれ、なにこれ、洗面所の鏡を見に行かないと!
「うそ、え……これ、ぼく?」
鏡にはぶっかぶかのスウェットに身を包んだ銀髪赤眼の可愛すぎる美幼女がいた。
「え、銀髪……?」
ほっぺたをつねる。
ふにっふにのぷるっぷるで、簡単に壊れてしまいそうで怖い。
髪の毛を触る。
指通りが軽すぎだし、さらさらすぎて怖かった。
さらにスウェット越しでもわかる、たわわに実った胸部の盛り上がりを……軽くもんでみる。
「あっ、んっ、んんっ……!」
なんかやばかった。怖かった。
「待て待て……9歳ぐらいの幼女なのに……なんてギャップのある体型なんだ…………」
胸にたわわがついていたなら、頭にも立派な双角がニョキっと生えていた。
「え、角……? いや、そもそもこの娘って……」
じっくりと鏡に映る自分を観察して、やはりと結論に至る。
「【パンドラ】で戦った魔王、だよな……? どうして僕が……巨乳ロリ魔王になってるの!?」
それから僕は混乱する頭をどうにかこうにか落ち着けて、色々と情報収集をしてみる。
まずは【転生オンライン:パンドラ】がサ終したのは事実。
そして驚くべきことに【異世界アップデート】と呼ばれる現象が、この
そこまで見て、手に握っていたスマホが『バキリボキリィィィッ!』っと、ひとりでに粉砕されてしまった。
「えっ!?」
諸々の動揺からほんの少しだけ、ほんの少しだけ力を込めただけなのに……スマホは無残にも破壊されてしまったのだ。
「う、うそだろ……」
僕は恐る恐るステータスと念じてみる。
するとやはり……ステータスは出現した。
————————————————————
身分:不殺の魔王
Lv :1 (Lv2にするには金貨20枚を捧げる)
記憶:1 (記憶量を増やすには金貨20枚を捧げる)
力 :300
防御:300 敏捷:300
金貨:0枚
【装備】
〈スウェット〉
【スキル】
〈魔王Lv1〉
【
〈記録魔法Lv1〉
————————————————————
「ゲームみたいなステータスウィンドゥが出てきた……!? ん、Lv1でステータスが100超えって……上位
ぼく、化物になっちゃった……?
唯一の楽しみだった【パンドラ】がサ終したと思ったら、今度は幼女になって……? 化物……?
絶望が渋滞しちゃってるよね……?
どうして?
「僕の唯一の取り柄、身長も失った……?」
漫画とか小説じゃ、しっかり主人公は順応できてるけど、いざ自分がなったら……えっぐい……僕が、僕じゃないみたい。
計り知れない喪失感……虚脱感……もう何もかもがどうでもよくなるような……そんな強すぎる衝撃を受けた。
「でも……安藤も言ってたじゃないか。ポジティブが絶望を壊すって」
そうだ。
ポジティブにいこう。
僕は今まで身長が高すぎて、どこにいってもジロジロと見られることが多かった。
そういうのがちょっと嫌だった。
でも今、この小さな身体なら……誰かの影に隠れられるサイズなら、目立たずに生きていける?
そう、これはきっと良いことが起きたんだ!
「……むりっ、しんどいっ……ぼく、化物だ……」
なんて自己暗示をかけても無理なものは無理だった。
◇
巨乳ロリ魔王になってから僕は紆余曲折あった。
会社にどうにか通おうとしてみたり、クビになったり。
そして約一年、世の中が目まぐるしく変わってゆくなかで貯金を少しずつ切り崩しながら、ヒキコモリ生活を続けていた。
生活用品全般は全てネットでまとめて注文し、一切外へ出なかった。PCで好きなアニメや漫画をサブスクで適当に見漁る毎日を過ごす。
多分、現実逃避……【空白の一年間】だったと思う。
『おーい、
『
その間、幼馴染や同僚の安藤が僕を心配して、何度か家を尋ねてきたけど返事すらしなかった。巨乳ロリ魔王になってから、知人友人と顔を合わせてはいない。ただ、PCからSNSを通じて『大丈夫だから』と定期的に軽い連絡は取っていた。
こんな身体になって、どんな顔して会えって話だ。
「この生活もそろそろ限界か……」
つまり貯金が尽きかけている。
鏡に映る自分を見て溜息をつく。
可愛らしすぎる銀髪の美幼女が悲しそうに項垂れていた。
「どうしてこうなったのかなあ」
なぜか一年前から顔つきが一切変わってない。
ずっと幼いままだ。
あどけない顔つきで身長も135センチしかない。
角を入れれば137センチ。
歳を取らないとかシンプルにやばい……。
絶対不信に思われるよ……。
でもどうしてか胸のサイズは……絶対に大きくなった。肩こりがちょっとひどい。
「なんか考えるのもだるいなあ……アニメでも見て寝よっかな」
また現実逃避に走ろうとする俺の視界に、新着メッセージのアイコンがチラつく。
PC画面の端に幼馴染と安藤からのメッセージが表示されていた。
『おーい
『
お金……ドリーム。
そっかあ冒険者かあ……やってみるかなあ……。
この化物じみた力だって、冒険者でならきっと役に立つはずだから。
うん、ポジティブにいこう。
「そうだよ。あれだけ望んだ『
僕は、ようやく……今の僕を認められるようになった、のかもしれない。
そんな想いを胸に家から一歩出る。
————久しぶりの日光は、眩しくて暖かかった。
「あっ、ズボン……まあいっか。どうせサイズ合わないし」
上着はダボダボのロングTシャツ、下はトランクスを絞った物だけど見えてないから問題ない。
僕は少しだけ心もとない装備で、政府管理下の『冒険者ギルド』とやらに向かった。
◇
TSして間もない【空白の一年間】などは、作者のTwitterマンガにてちょこちょこ描いてゆく予定です。興味があれば覗いてみてください。
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