紅い瞳に見つめられ~記憶喪失の少年が、森で紅い瞳の少女に拾われることから始まる物語~

葉月ヨウカ

プロローグ

 森の中を歩く。


 いったいここは、どこなんだ?


 少年は、どこに向かおうとしているのかわからないまま、ただ歩き続ける。


 骨がきしみ、身体全体が悲鳴を上げる。もうこれ以上、歩くことはできない。


 次の一歩を踏み出そうとしたとき、足が体重を支えきれず倒れる。


 もう、腕どころか、指の先すら動かすことができない。


 視界がぼやけてきた。このまま死んでしまうのだろうか?


「じぃーや! ちょっと、早く来て!!」


 声が聞こえる。女の子の声だ。一体誰だろう?


 女の子は、倒れた少年に近づく。「ねぇ、聞こえる? 生きてる?」


「お嬢様、近づいてはなりません。危険ですぞ」


「もー! こんな子供が危険なわけないでしょ? あ! そうだ!!」少女は、何か面白いことを思いついたように、声を弾ませる。


「ねぇ、君! わたしの、ペットにならない?」

 

 ペット? ペットって、犬とか猫がなる、あの?


 そう言った少女は少年の顔をのぞき込み、手を差し出す。少女の瞳は、深く、きれいな紅で、その瞳に見つめられて少年は、ありったけの力を振り絞って、少女の手をとった。


 

 全身がずきずきとした痛みに包まれている。目を開けると、森の中ではなく、暖かいベッドの中にいた。


 そばには、肩まで程の長さの紅い髪の少女が、こくり、こくりと頭を揺らしながら、座っている。


 僕は体を起こそうと、力を入れるが、全身を走る痛みに、「ッ!」と、思わず声が出てしまう。


「あら、起きたのね?」と、少女は目をこすりながら言う。


 少女の瞳はきれいな紅で、その目を見て、何があったのか思いだした。

 

「僕、森で……」


「そうよ。あなたのことは、わたしが森で拾ったのよ。ペットとしてね」少女は、腰に手をあて、なぜか得意気に言う。


「お、気がついたのか?」少女と同じ色の髪を、まるで獅子のたてがみのように生やした体格の良い男性が部屋に入ってきた。


「体調はどうだ? 問題ないか?」


「体全体が痛いこと以外は特に……」


「そうか……」男はそう言うと、困ったような顔をして、少女を見る。


「ねぇ、おとうさま。この子、うちで面倒見ていいでしょ? おねがい!」少女は、上目遣いで言う。


「だめですぞ。ルチアお嬢様。どこの誰とも分からないものを拾うなど」白髪の老人は、射貫くような目で少年を見ながら言う。


「名前は、なんて言うんだ?」おとうさまと言われた男は、ふう、と息を吐いてから言う。


「名前……名前は、わからない。他のことも。自分が何なのかも、わからない」


 僕は、いったい誰なんだ? 家族はいるのだろうか。何も思い出せない。


「じゃあね、わたしが名前、決めてもいいかな? いいよね?」少女は、目を輝かせながら言う。


「うーんとね……、えーっと……、トーマっていうのはどうかしら? 素敵じゃない?」


「ふむ。確かに、我が娘ながら良いセンスだな!」そう言って、男は豪快に笑う。


 壁際で様子を見ていた白髪の老人は、諦めたかのようにため息をついている。おそらく、こういう無茶苦茶なことは、今回が初めてではないのだろう。


「今日から、あなたはわたしたちの家族よ。 よろしくね!」


 そう言うと、紅い瞳の少女は、かわいらしく首をかしげ、にこりと笑った。

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