〖魔王〗がインストールされました⑤

 戦闘開始から一時間弱。

 一時は人間の出現に混乱したが、歴戦の猛者たちはすぐに順応し対処した。

 星食いに呑まれた人間は見た目もアンデッドのようになる。

 その見た目のおかげで、彼らはすでに死んでいることを理解し、乗り越えることができた。

 俺と同じように、かつての仲間と刃を交えた者もいただろう。

 辛い戦いだが、ようやく終わりが見えてくる。

 

「星食いの数も減ったな。これならもう」

「うむ。だが根本的な解決にはならん。あのモヤは、星食いの本体から漏れ出ている力の一部でしかない」

「あれが一部? 本体がどこかにいるのか?」

「ここではないがな。とりあえず今回は治まって……いや、この気配は……」


 ダンジョンの中にライラが天井を見上げる。

 そこには何もない。

 いや、見ているのはさらに上の……。


「た、大変だ! みんな外に出てくれ!」

「何があった?」

「だ、ダンジョンが……空か降ってくる!」

「――!」


 意味不明な報告に、最初は混乱しているだけかと思った。

 だけど俺の隣でライラが俺に言う。

 今すぐ外に出るべきだと。

 俺は急いで外へと走った。

 中にいる星食いも数が減り、俺がいなくても他のみんなで対処できる。

 確かめなければならない。

 ダンジョンが降ってくる?

 もしも本当なら――


「終わりだ……こんなの……」

「――本当に」


 外にいた冒険者が膝をつき、絶望を露にする。

 天空からダンジョンが降ってくる。

 青空を覆い隠す天の城が逆さを向き、まっすぐここに落ちてくる。

 ありえない光景だ。

 まるで物語の中で起こる最悪の事態。

 しかしこれは現実だった。


「なんでこんな……」


 空にダンジョンが生成されることはある。

 未知の力で浮遊する城が、これまで何度か確認されてきた。

 タイプは同じ。

 だが、向きが上下逆さまだ。


「星食いの力だ。常識を、概念すらゆがめる。浮遊していたダンジョンに、星食いが悪さをしたのだろうな」

「悪さって程度じゃないだろ。あんなのが落下したら、この周辺は更地になるぞ」


 なんとかして止めるしかない。

 ダンジョンは攻略すれば消滅するものがある。

 そういうタイプだと信じて今から攻略するか?

 絶対に間に合わない。

 あと数分で天の城は落下し、この地は吹き飛ばされるだろう。


「あのダンジョンを破壊するか。安全な場所に落とすしかないぞ」

「……無茶苦茶だな。でも……」


 俺はライラと視線を合わせる。

 本来なら無理難題。

 誰もが諦める中、俺は希望があることを知っている。


「あるのか? この状況をひっくり返す英雄譚」

「もちろん。ただし賭けだ。これほどの質量、失敗すればお前さんもろとも死ぬかもしれん。今ならまだ逃げれるが……」

「逃げるわけない。ここにはみんなが……仲間がいるんだ」

「よく言った。元より英雄に、逃げる選択肢などありはしない!」


 ライラは両手を広げる。

 皆が空を見上げ絶望する中、俺たちは向かい合う。

 時間はない。

 だから今回も、いつもの方法だ。


「いい加減慣れてきたか?」

「……まさか」


 慣れないよ。

 女の子とキスすることは。

 唇を重ねる。

 

 そして流れ込む、英雄の記憶――


  ◇◇◇


 その男は人間にあらず。

 異形を束ねる悪魔の王として魔界に君臨する。

 秩序を破壊する暴君としておそれられた彼は、後に英雄として語り継がれる。

 なぜなら彼には心があった。

 他者を慈しみ、尊び、愛する心が。

 かの悪魔は悪しき王ではなく、世界全土の共存を望んだ。

 あらゆる種族、あらゆる世代を飛び越えて、自らの全てを対価に捧げ、世界の常識を塗りかえた。


 後の世の人々は、偉大な王をこう呼ぶ。

 最大の畏怖を込めて。


 ――魔王と。


  ◇◇◇


 唇が離れる。

 今回流れた記録は、これまでの英雄譚とは違っていた。

 本来ならば恐れられ、勇ましき英雄に倒されるだけの存在が、世界を変えた英雄になった話。

 かの英雄は、世界の支配者でもあった。


「ピッタリだろ? この状況をひっくり返すなら」

「確かにそうだな」


 俺は空を見上げる。

 すでに落下まで数十秒。

 誰もが死を受け入れる中、俺は希望を胸に抱く。


「さて、今の君は誰だい?」

 

 【告】――〖魔王〗がインストールされました。


「やってやる!」


 俺は地面を蹴り、跳び上がる。

 落下するダンジョンのすぐ前に浮かび、両手を掲げて叫ぶ。


「止まれ!」


 言葉と共に走る魔力。

 この英雄のスキルを発動中、俺はあふれ出る魔力によって現実を支配する。

 支配力は落下するダンジョンを覆い、その落下を止める。


「と、止まった?」

「嘘だろ……」


 皆が驚く声が聞こえる。

 だがこれじゃその場しのぎでしかない。

 これだけの質量だ。

 維持するだけでも莫大な魔力を消費し、集中が途切れたらおしまいだ。

 だから――


「飛んでいけ! このまま海まで!」


 海なら邪魔するものは何もない! 

 支配の力でダンジョンを持ち上げ、そのまま豪快に投げ飛ばす。

 魔法で転送とか、もっと格好よくできたかもしれないが、今はこれが精いっぱいだ。

 誰もが驚き、ポカーンと口を開ける中、一人拍手を送る。


「よく投げ飛ばした!」

「ライラ……」


 ふと、彼女の未来を想像する。

 星食いとの戦いが終わり、誰もいなくなった世界で、彼女は一人残される。

 永遠に続く未来の流れに漂いながら、次の目覚めを待つ。

 それはやっぱり……。


「俺は寂しいよ」

「ん?」


 俺は彼女の下へ降り立つ。


「ライラは寂しさを消えるって言ってたけど、あれは嘘だってわかってる。孤独も、寂しさもあるんだろ?」

「……どうだかな」


 強がるところも彼女らしい。

 きっと、そうすることで孤独を誤魔化しているんだ。


「だったら俺が、忘れらないくらいの英雄譚を残すよ。時間がどれだけ経っても、君の中に俺の物語を残す。そこに君も、みんなもいる。忘れても読み返して、思い出せるように」

「お前さん……」

「たぶんそれが、俺に出来る一番の恩返しだと思うから」


 彼女には感謝している。

 心から。

 たとえ定められていた運命だったとしても、あの出会いが俺の人生を変えた。

 諦めていた理想を、夢を追いかけることができる。

 普段は恥ずかしくて言えないけど、今の俺は世界すら支配した偉大な英雄の力を借りて、ちょっとだけ自分に自信が湧いている。


「俺が君を、孤独になんてさせないよ」

「なんだ? プロポーズか? もちろんいいぞ」

「さらっと了承しないでよ。別にそういう意味じゃ……ライラらしいな」


 拍子抜けする。

 喜んでもらえたのか、多少でも心に響いてくれたらいいけど。

 そんな期待が、彼女に伝わる。


「嬉しいぞ。今の言葉、私は忘れない」

「――! そっか。ならよかった」


 これはまだ、英雄譚の序章に過ぎない。

 世界の未来、人々の幸福、それらすべてを天秤になけた大きな戦いの前触れ。

 故にまだまだ、語ることは多い。


 ただ、一つだけ確かなことがある。


 英雄譚は語り継がれ、時間を超え、次元を超え、世界すら超えていく。

 世界の図書館、その管理者だけは気づいている。

 新たな英雄譚が、静かにページを紡ぐ音に。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


魔王編はこれにて完結となります!

そして第一部(後編)もこれにて終了となりました!!

次回をお楽しみに!


できれば評価も頂けると嬉しいです!!

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