〖人狼〗がインストールされました①

 上位ギルドに必要な要素は三つある。

 一つ、名称だ。

 どういう名前をつけるのか。

 名前にどんな意味を持たせるのか。

 響きや格好良さも、新しいメンバーを引き寄せる上で重要だ。

 凝り過ぎてもよくなくて、一発で覚えてもらいやすい名前がいいとされている。


 二つ、看板となるメンバーの存在。

 このギルドにはあいつがいる。

 ギルドを席巻するような実績を持つ冒険者の存在は、組合の信頼はもちろん、他の冒険者から畏怖と憧れを抱かれる。


 そして三つ……。

 ギルドの活動拠点、ホームを持つことだ。

 名のあるランキング上位のギルドは、皆どこかの街を活動の中心として、ギルドメンバー専用の家を建てている。

 ホームを持つことは、中小ギルドにとっての憧れであり、それだけの実績と金銭的余裕を持っているという証明にもなる。

 

 俺たちのギルド、ライブラは結成して数日の新参者だ。

 まだまだホームなんて先の話。

 けれどいつか必ず、ライブラの看板を掲げたホームを作りたい。

 そんなことを夜な夜な考えながら眠っていた。


 本当にまさかだ……。

 俺は見上げる。

 綺麗で大きな屋敷を。


「こんなにも早くホームが手に入るなんてなぁ……」

「ビックリだな! こういうのを不幸中の幸いというのか?」

「若干違うと思うけど、幸福なことに変わりはないか」

「う、うちのお父様がすみません……」


 恥ずかしそうにエリカが頭を下げている。

 この屋敷は、エリカの父であるブランド―家の当主からのプレゼントだ。

 街はずれにある別宅を、普段使っていないからということで俺たちに譲渡してくれた。

 エリカのお父さん、ブランドー公爵曰く、出世の前祝だとか。

 本音はきっと、大切な娘に不自由な生活をしてほしくないという、父親としての気遣いだろう。

 あの人はとことん、エリカのことが大好きだった。


「はぁ……疲れたな」

「ほ、本当にすみません! うちのお父様がすみません!」

「エリカが謝ることじゃないよ。娘を心配するのは父親として当然だし、お父さんから見たら、俺はどこの誰かもわからない男だからさ」

「にしても随分長い話だったな。私はもう聞いていられなくて寝てしまったぞ」


 ライラは隣で大きく欠伸をする。

 話の途中も、夜もぐっすり眠っていた癖にまだ眠いのか?

 昨日、エリカのお父さんと話す機会があった。

 エリカを心配して探しに来たブランドー公爵は、エリカの夢を応援してくれることになったのだけど……。

 話がまとまった後で、俺とライラとブランドー公爵の三人で話すことになった。

 一言で表すなら、三者面談?

 そうなるとライラが俺の保護者になる……いや逆だろ。


「結局五時間か……ほぼすべてエリカの自慢話だったなぁ」

「うぅ……」


 恥ずかしそうに顔を赤くするエリカ。

 ブランドー公爵の親バカはかなりのもので、 話の始まりはエリカを任せられる男かどうかテストさせてもらう、的な感じだったのに……。

 気づけばエリカの小さい頃の話とか、こんな可愛い娘に縁談などさせるものかとか。

 半分は愚痴で、半分は惚気話を聞いていた。

 とりあえず真剣に聞き続けたら、なぜかブランドー公爵に気に入ってもらえたらしくて。


「エリカのすばらしさを十分に理解してくれたようだね? 君になら娘を任せられる! 娘のことを頼んだぞ? くれぐれも悪い虫がつかないように注意してくれ」


 という感じにお墨付きをもらって、エリカの雇い主として認知してもらえた。

 ただ一応、別れ際に釘を刺されたけど。

 娘に手を出すなら、相応の覚悟をもってもらうからね?

 この時の表情は笑顔だったけど、どう見ても感情が真逆だった。

 普通に怖かったな。

 初めから彼女に手を出すつもりはなかったし、貴重な仲間として大切にするつもりだったけど、より一層注しなければ。

 変な気を起こして、彼女に手を出さないように……。


「レオルスさん、本当にありがとうございます」

「エリカ?」

「レオルスさんのおかげで、私はこうして冒険者を続けられるんです」

「いや、あの人ならちゃんと頼めば許してくれたよ。家のことより、娘の思いを優先してくれる優しい人だったし」


 そもそも連れ戻しにきたというのも半分は誤解だったわけで。

 娘を家の道具にする父親なんて一緒に追い帰そう!

 くらいのやる気で突っ込んだら、全然真逆の反応が返ってきて驚かされた。


「あの場に俺はいらなかったかな」

「そんなことありません。私一人なら勇気がでませんでした。お父様もきっと、ちゃんと伝えたから許してくれたんです」

「エリカ?」


 彼女はそっと俺の手をとり、両手でぎゅっと包み込むようにして握りしめる。

 その手は温かく、優しく、柔らかい。

 女の子の手なのだと、俺に再認識させる。


「レオルスさんが背中を押してくれたから、私は勇気を貰えました。だからレオルスさんのおかげです。本当にありがとうございました」

「……ああ、どういたしまして」


 素直で、まっすぐで、健気。

 彼女を見ていると、ブランドー公爵の気持ちがわかる。

 この笑顔を、小さな身体を守ってあげたいと思う。

 手を握られわずかに潤んだ瞳は、見ているだけで吸い込まれそうで、思わず抱きしめたくなるような……。


「私、レオルスさんのためにも頑張ります! 私にできることなら何でも言ってください」

「なんでも……」

「チャンスだぞお前さん! 女がなんでもと言っていおるんだ! ここは一発、男としてどでかい花火を打ち上げてしまえ! 記念すべきハーレム一号はエリカで決ま――痛い痛い痛い!」

「俺の死期を早めようとするんじゃない!」


 余計なことを口走ったライラには頭ぐりぐりのお仕置きだ。

 こいつのせいで一瞬、それもありだなとか邪なことを思ってしまったじゃないか。

 見てみろ。

 エリカも苦笑いしているぞ。 


「あははは……」

「ごめんね。こいつの言ったことは冗談だから忘れてくれると助かる」

「……冗談、なんですか?」

「え?」


 エリカは上目遣いで、物欲しそうな顔を見せる。

 ちょっと待ってくれ。


「私は……レオルスさんがそうしてほしいなら……」

「っ……」


 ごくりと息を飲む。

 どうやら俺の死期は、そう遠くない未来に迫っているようだ。

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