〖溺愛〗がインストールされました④

 戦闘は俺とエリカとクロムの役割だ。

 錬金術が使えるフィオレは、このパーティーで唯一の回復担当でもある。

 戦闘に無理に参加するより、それ以外のことに尽力してもらったほうが効率的だ。

 ダンジョンでは役割分担が大事になる。

 となると……。


「ライラの役割ってないな」

「何を言う? お前さんを鼓舞して、ご褒美をあげる大事な役割があるだろう?」

「鼓舞はわかるけどご褒美って?」

「それはもちろん、男のお前さんが喜ぶことをしてやろう」


 ライラはわざとらしく、小さな身体にはバランスの悪い大きな胸をアピールする。

 エリカたちが見ている前で変なことをしないでほしいな。


「はぁ……」

「あ、あの……ずっと気になってたんですけど、お二人ってもしかしてそういう関係……なんですか?」

「全然違うよ。ライラのこれは俺をからかってるだけだ」

「なんだ。ノリが悪い奴だな~ 私はお前さんになら襲われても構わんぞ?」

「や、やっぱりそういう……」

「違うってば。はぁ……ダンジョンなのに気が抜けるな」


 緊張しすぎてガチガチになるよりはマシなのか?

 パーティーでのダンジョン探索で、こんなにも気楽に話しながら進むのは初めてだ。

 いつも邪魔にならないよう気を張って、少しでも役に立てるよう気張って。

 楽しい会話に俺は混ざれなかった。

 でも今は……。


「なんだ? エリカは私たちの関係がそんなに気になるのか? 乙女だなぁ」

「そ、そんなんじゃないですよ!」

「オレは普通に気になるけどな」

「ク、クロムのは……たぶん意味が違うと思いますよ」


 賑やかなのも悪くない。

 そう思える。

 俺はふいに笑みをこぼし、皆より一歩先を歩き出す。


「さぁ、行こう。今日は行けるところまで」

「は、はい!」


 俺たちはダンジョンを進む。

 洞窟チックな構造にも慣れ、道が分かれ始める。

 第一階層はすでに他のパーティーが探索済みで、第二階層へのルートもわかっている。

 おかげで迷わず次の階層に行けるのだけど、行く手を再びブラックウルフの群れが阻む。

 今度は三匹だ。


「エリカ、クロム、やれそう?」

「頑張ります!」

「余裕だぜ!」


 エリカは腰の剣を抜き、クロムは背中に担いでいた二本の剣を同時に抜く。

 俺を二人をサポートできるよう剣を構える。

 剣帝の効果時間は残り一分弱、ギリギリもつだろう。


「いくよ、クロム!」

「おう! 先出るぜ、お嬢!」


 クロムが飛び出す。

 かなり豪快で素早い踏み込みだ。

 ブラックウルフも驚いて反応する。

 クロムは二本の剣を豪快に振り回し、ブラックウルフへ斬りかかる。

 

「おらぁ!」


 素早く、鋭い。

 しかし豪快で乱暴な剣技だ。

 よく言えば型にはまらない自由な動き、悪く言えば基礎がなっていない。

 野性的な戦い方は、なんとなく彼女らしさを感じる。

 対してエリカは真逆だ。


「ふんっ!」

「綺麗な剣だなぁ」


 基本に忠実で、流れるようなに隙のない剣捌き。

 剣帝の記憶でみた貴族の剣技に似ている。

 ただ敵を倒すだけの剣技ではなく、相手に魅せる剣技だ。


「これなら、手助けはいらないかな」


 二人とも強い。

 少なくとも、剣術の才能がまったくなかった以前の俺より格段に。

 フィオレもそうだけど、三人とも光る才能を持っている。

 それが少し、羨ましかった。

 

  ◇◇◇


 夕方になり、俺たちは少し早めに探索を切り上げ地上へ戻った。

 本来の探索なら何日も潜り、新しいルートを辿って最深部を目指す。

 今回はあくまで体験が目的だったから、疲れすぎてしまう前に終わることにした。


「三人ともお疲れ様。初めてのダンジョンはどうだった?」

「緊張したけど楽しかったです」

「オレもひっさびさに本気で身体動かせて満足したぜ!」

「つ、次はもっと奥に行ってみたい、ですね」


 三人とも、怖気づいたりしていない。

 むしろダンジョンへの期待感が増したように見える。

 これなら大丈夫だとホッとする。

 夢のために冒険者になったけど、ダンジョンへの恐怖で断念する人もいるくらいだ。

 彼女たちに、その心配はないだろう。

 気持ち的にも、実力的にも。


「エリカは剣術を誰かに習ったの?」

「え、どうしてですか?」

「いや、とても綺麗な剣だったからさ」

「そ、そうですか。ありがとうございます」


 エリカは照れくさそうに、少し困ったような顔をする。


「い、一応……習いました。小さいころに」

「そうなんだ」

「はい」

「……」


 誰に習ったのか聞きたかったけど、聞いてほしくなさそうだ。

 彼女の剣技は綺麗で、貴族のそれに似ている。

 もしかしたら彼女は……と、疑問に思った時だった。


「ようやく見つけたぞ。エリカ」

「――! お、お父様」


 疑問の答えが目の前に現れた。

 街の入り口に、どう見ても由緒正しき貴族の男性が待ち構えていて、エリカの名前を呼んだ。

 それに対してエリカも、お父様と答えた。

 クロムとフィオレも、他人ではなさそうな反応をしている。


「こんなところに来ていたんだね。クロム、フィオレも一緒か」

「うっ……」

「すみません……旦那様」

「怒ってはいない。さぁ、戻って来なさい。ちゃんと話を――」

「嫌です!」


 エリカが声を荒げる。

 元気だけど丁寧で、落ち着いているエリカが顔を赤くする。

 羞恥ではなく、怒りのほうだ。


「エリカ……」

「私は戻りません! 絶対……知らない誰かと結婚なんてしません!」

「エリカ!」

「ちょっ、待ってくれよお嬢!」

「あ、えっと、失礼します!」


 走り出してしまったエリカを、クロムとフィオレが慌てて追いかける。

 

「私たちも追うぞ」

「あ、ああ」


 聞きたいことは山ほどある。

 けど今はライラの言う通り、エリカを追うほうが最優先だ。

 なんとなく、ここで彼女を見失ったら、二度と会えないような気がしたから。

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