〖無能〗がインストールされました②

「ようゴミスキル持ち! ボスとの話は終わったのかよ!」

「……カインツ」


 部屋を出て廊下をとぼとぼ歩いていると、元気な大男が声をかけてきた。

 俺を見つけて歩み寄り、乱暴に肩を組む。


「しけた面してんなー、やっぱあれか? クビって言われたか?」

「……うん」

「ぷっ、やっぱりな! 予想通りだぜ。ボスがお前みたいな無能を雇い続けるわけねーもんな! 俺でもそうするぜ」

「……」


 嫌味をわざわざ言うために話しかけたのか?

 相変わらず性格が悪い。

 この男はカインツ、同じギルドに所属していてパーティーリーダーを務める戦士だ。

 ギルドに入ったのは同じ時期、つまりは同期なのに随分な差がついてしまった。

 才能のある人間と、才能のない人間。

 世の中にはその二種類しか存在しない……のかもしれない。


「クビ決定だからってテキトーな仕事はすんなよー。明後日からダンジョンだぜ? しっかり働けよ、パーティーの荷物持ち」

「……うん、わかってるよ」


 俺の役目は、道具一式を持ち運び、マッピングしたり素材を集める。

 いわゆる雑用係であり、荷物持ちだ。

 カインツは俺の背中をバンと叩き、頼むぜと声をかけた。


「しっかしクビか~ ってことは新しい荷物持ち探さねーとな」

「……」


 同期だからって仲がいいわけじゃない。

 彼にとって俺は他人でしかなく、別れを嘆くこともない。


「じゃあ俺、もう行くから」

「ん? なんだまた書庫かよ。お前は暇でいいよな~」

「……そうだね。カインツが羨ましいよ」

「そうだろ? お前にも才能があればよかったなー、ま、ゴミスキルは持ってるし、秘書とか事務仕事なら向いてるんじゃねーの? ボスもそれなら雇ってくれるかもな」


 バンバンと何度も背中を叩く。

 力加減が出来ていない。

 痛いからやめてほしいけど、俺たちにはすでに上下関係が生まれていた。

 もちろん、カインツが上だ。

 

「つってもお前男だからな~ 可愛い女の子なら、俺が雇ってやってもよかったけどよぉ」

「……気持ち悪いこと言わないでよ」

「あん? 何か言ったか?」

「な、何でもない……」


 カインツは女好きのろくでなしだ。

 この十一か月、一緒に冒険をしたり仕事をしてきてわかった。

 可愛い女の子ならすぐ口説こうとして、手を出す。

 やり口は単純だけど乱暴で、幾度か事件に発展しかけたことがある。

 ギルドにとっては危険な人物だけど、彼には冒険者としての才能があった。

 加入からたった半年でパーティーリーダーに昇格したのは、このギルドではカインツが初だった。

 注目の新人と、無能な荷物持ち。

 俺の存在が、余計にカインツの凄さを引き立てた。

 だからカインツが何か問題を起こすと、いつも俺に罪をなすりつけられる。

 明らかにカインツが悪い事例でも、ボスも周囲も俺を悪者にする。

 俺はカインツを活かすためのサンドバックだった。


「いいかよ? お前は俺に逆らえねぇ……そうだろ?」

「……わかってる。もう行くね」


 俺は逃げるように廊下を歩く。

 後ろから大きな舌打ちが聞こえてきた。

 怖いから振り返らない。

 今目を合わせると、睨まれて怒鳴られる未来が見えるから。

 書庫に付き、ばたんと扉を閉める。


「はぁ……」


 ようやく落ち着ける場所にこられた。

 ギルドの書庫には、これまでダンジョンで見つけた古い書物から、最新の情報が載る書物まで、様々な種類の本が保管されている。

 読書が好きな俺にとって、ここはまさに宝の山だった。


「さて、今日は何を読もうかな」


 俺にとって唯一の楽しみが、この書庫で本を読むことだ。

 固有スキルのこともあり、昔から本に触れる機会は他人よりも多かった。

 だからなのか、気づけば本が好きになっていた。

 スキルを使えば、一秒もかからず内容を暗唱できてしまう。

 それでは勿体ない。

 ここには童話や伝記も多く保管されている。

 より物語に浸るために、俺はスキルを使わずに読んでいた。

 

「これは、前に読んだな」


 本の中の登場人物は自由で格好いい。

 揺るがぬ信念があり、才能もあって、努力家で、多くの人々の未来を救う。

 まさに英雄だ。

 本の中でも俺は英雄譚が好きだった。

 現実では成し得ないような偉業は、読んでいてワクワクする。

 俺は本の主人公たちに憧れた。

 自分もこんな風になれたら……なんて、夢を見るだけなら許してくれるだろう。

 読書している間だけは、嫌なことも忘れられる。

 だから今日も……。


「ん?」


 ポトンと、一冊の本が落ちる。

 乱雑に山積みされた本が崩れて、一冊だけ地面に落ちてしまった。

 誰かがテキトーに置いたのだろう。


「大事にしてほしいなぁ、もう」


 俺は落ちら本を手に取る。

 黒い包装に、日焼けした茶色いページ。

 タイトルはなく、見るからに古い。


「こんな本あったかな?」


 書庫の本はほとんど読んで記憶している。

 中身は知らなくとも、タイトルや見た目は覚えている本も多い。

 けれどこの本は知らない。

 新しく書庫に保管された本だろうか。

 そういえば昨日、ダンジョンから帰還したパーティーがあったはずだ。

 もしかしたらその戦利品かもしれない。


「今日はこれにするか」


 手に取ったのも運命かもしれない。

 そう思った俺は本をカバンに入れて書庫を出る。

 書庫は本がたくさんあって素敵な場所だけど、埃っぽいし座る場所もない。

 だから俺は、いつも本を一冊持ち出し、自分の部屋で読むようにしていた。

 ボスからも許可は貰っている。

 ダンジョンのお宝ならともかく、ただの本には誰も興味がないんだ。

 こんなに面白いのに。


「勿体ないよな」


 そう思いながらベッドに座り、持ち帰った本を開く。


「……え?」


 開いてすぐ、俺は困惑した。

 真っ白だ。

 開いたページには何も書かれていない。

 次のページ、その次のページもめくって確かめる。


「なんだこれ? 何も書いてないじゃないか」


 最後の一ページまで確認したけど、一文字も書かれていない。

 本というよりメモ帳だ。

 こんなに古くてしっかりしたメモ帳があるのか?

 せっかく本を読む気分だったのに、中身が空っぽでガッカリする。


「はぁ……」


 返却して新しい本を持ってくるか。

 と、考えながらじっと見る。

 

「いいか。せっかくだしメモ帳に使おう」


 なんとなく戻す気になれなかった。

 明日の朝、ボスに貰ってもいいか確認を取ってみよう。

 たぶんいいという。

 何も書いてない本なんて、誰もいらない。

 俺は本をカバンにしまい、ベッドに寝転がる。

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