第8話:発案

「そうだな、懐石くらいならご馳走になろう」


 御師宿では檀家衆をもてなすために豪華な料理をだす。

 それと同じ物を柘植定之丞に用意していた。

 とても茶懐石とは言えない豪華な料理だった。


 ただ、檀家衆には金銀の大皿を使った豪華な食器を使うのだが、柘植定之丞には落ち着いた色合いの名物が使われた。


 一の膳に供されている料理。

 皿には、革茸とトサカノリと細魚の糸造りが紅酢和えにされて乗せられ、横には独活の千切りが添えられている。

 壺に入っているのは、磯物と銀杏を蒸し物の餡掛けだ。

 小平皿には花型にした塩を焼いた物と粒山椒が乗っている。

 椀物は、松露とあられ豆腐の味噌汁。

 お茶碗には檜垣屋が厳選した米を、料理人が細心の注意を払って炊き上げた御飯が盛られている。


 二の膳に供されている料理。

 白木台には、紅寒天隊の糸造りと青磯草を練りからしで和えた物が乗っている。

 籠には、食べやすく切られた大根、搗栗と干菓子が盛られている。

 椀物は鯛のあら汁に山椒をあしらって味を引き締めたもの。


 三の膳に供されている料理。

 一つの白木台には、伊勢海老一匹が活け造りにされている。

 もう一つの白木台には、三切れの鶏の切り身が置かれているが、その周りは鶴に見たてた見事に飾りつけられている。

 椀物が鯛卵とジュンサイのすまし汁。


 四の膳に供されている料理。

 大皿には、見事な大鯛の姿焼き。

 猪口には、珍味である鮎の塩辛、潤香が添えられている。


 追加の膳には供されている料理。

 小鉢には、生麩のすり生姜添え。

 もう1つの小鉢には、小鯛の酢締めにボウフウ添えられている。

 皿には味噌を敷き、その上に伊勢海老の造り、松茸、湯葉が乗せられている。

 もう一つの皿には、丸焼きにされた伊勢海老が盛られている。

 椀物はすまし汁

 箱には、伊勢名物の干菓子、二見浦が入っている。


 柘植定之丞はお茶の時と同じように、見とれてしまうほど美しく堂々とした所作で食事をとる。


 不幸があれば檜垣河内家を継ぐかもしれないので、徹底的に行儀作法を叩き込まれてきた隠居が、思わず唸りそうになるくらい見事な食べ方だった。


 その祖父に行儀作法を叩き込まれたゆうも、同じように感嘆していた。

 小林海太郎の言動を、惚れた弱味で豪放磊落だと思い込んでいるゆうにとっては、目から鱗の食事作法だった。


 特に何も言わなくても、どの料理をこの場で食べ、どの料理は箸をつけずに家に持ち帰るか、檀家衆のように説明する必要もない。

 柘植定之丞は家に持ち帰る料理には一切箸をつけていないのだ。


「ゆう、お酌を」


「はい、一献いかがですか」


「もらおう」


 檀家衆をもてなすために、わざわざ灘から取り寄せた名酒だ。


「もう一献いかがですか」


 柘植定之丞は断ることなく勧められるまま杯を重ねた。


「もう十分頂いた。

 これ以上は何かあった時に十分に働けなくなる。

 そろそろお暇させていただく」


 小半時、時間をかけてとりとめのない話しをしながら杯を重ね、頃合いと感じた柘植定之丞が帰宅すると言い出した。


「無理にお止めして、明日の御役目に差し障りがあってはいけません。

 ただ、今日お教えいただいた事のお礼をさせていただきたいので、改めてご招待させていただきたいのですが、ご都合の方はいかがでしょうか」


「あの程度の事で、私独り招待を受けるのは問題がある。

 父上を始めとした支配組頭の方々を招待したらどうだ。

 その気があるのなら私が取り次いでやる」


「そうしていただけるのなら、それに勝る喜びはありません」


「直ぐに決めるな。

 案内役を檜垣屋だけが勤める事になれば、妬み嫉みは避けられない。

 特に三方の年寄連中から睨まれるだろう。

 本家にも相談して、どの辺りの家から案内役を出すのか話し合い、味方を固めてからの方が良いのではないのか」


「重ね重ねの御助言痛み入ります。

 本家はもちろん、懇意にしている御師宿、暖簾分けした御師宿にも話を持ち掛けた上で、改めて御相談させていただきます。

 ただ、いたずらに時を重ねてお礼が遅れるほど失礼な事はございません。

 明日にでもお屋敷にお礼に伺わせていただきたいのですが、宜しいでしょうか」


「ああ、いいぞ、だが、過分な礼は必要ない。

 常識の範囲で収まるようにしておけ」

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