山中邂逅譚

茶ヤマ

第1話



一人の男が北東の、とある山道を下っていた。

周囲はぶなの木が生い茂り、昼でも尚薄暗く、男が歩いている道は獣道程度しかない。その道を外れたら最後、方向を見失い、苦心難渋するであろう、山。


男は、頭には兜巾ときん

それにいささか汚れてはいるが白の浄衣じょうい。それに結袈裟ゆいげさを纏っている。

足には脛巾はばき藁履わらぐつをつけ、腰には護身用のためなのか刀を。

錫杖しゃくじょうを手している姿からして山伏であることが伺える。


しかし、多くの山伏が背においを背負っているのに対し、この男は厨子を背負っていた。


修行を行おうとする山伏と言うものは、集団で入山するはずである。

しかし、この男のほかに姿はなかった。


体には、あちこちを怪我した跡があり、とりわけ足に大きな傷でもしているのか、錫杖にもたれかかるような足取りである。

どこかで怪我をしたために、他の者たちに遅れをとったのかもしれぬ。


男は、鷹の羽ばたき一つにびくりと敏感に反応するほど、周囲の気配を窺い、気を張り詰めていた。

音の正体を知り、わずかに首を振る。


……早く……遠くへ……。


草を踏み分け踏み分け、足を引きずりながらも、ただ歩を進めていた。


男は、空を仰いだ。

日は傾きかけ、すでに夕闇がそこまでやってきていた。


……山を上りきり、下りに入ったというのに村が見えぬ。


野宿はできれば避けたいものだった。

今まで歩いてきた道には、夜明かしできそうな小屋など一つもなかった。

山を登らずに迂回すれば麓に村などいくらでも見つかり、その方が良かったことなのかも知れぬ。しかし、迂回すればそれだけ日数がかかる。人目もある。

実はそれを避けるために、男は峠を越えて来たのだった。


だが。


……見誤った…否、考えが甘かった。


知らぬ道を、おおよその見当だけで闇雲に進んできたのだ。夜明かしできそうな小屋一つないとは、考えもしなかった。

嘆息一つつき、進めるだけ進もうとした時だった。

遠くの茂みが揺れた。


男は立ち止まり、息をつめながら、木立に隠れるように、揺れた茂みを睨んだ。

黄昏時もとうに過ぎている。

目を細めてもその遠くの茂みは霞んで見える。

その茂みの後ろを、白い影がちらりと通った。


人のようだ。


男はしばらく木陰から、一瞬見えた白い人影の様子を伺っていたが、やがて、そろりそろりとまた歩き始めた。

腰の刀に手をあてながら。



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