コーディネーター
さて、そこから始まったのが……異世界転生のプランニングである。
「今回はですね、お母様から『異世界転生選べるパック10』の申し込みを頂いておりますので、そちらの範囲内でのご提案となります。ただし、そのうちの4ポイントはお母様が事前に選択なされていますので竜馬様が選べるのは6ポイント分となっています」
そんな言葉から始まった佐藤竜馬の異世界転生。
しかし……。異世界転生の夢を叶えた佐藤竜馬の態度は見る間に横柄なものへと変わっていった。小説やアニメなどで憧れた異世界へ渡った主人公達には尊大な態度をとる者も多くいる。
もしかすると、彼はそれに自分をかさねたのかもしれない。
「なんだよ、10個選べないのか〜まあいいや、まず俺は、チートがいいんだよね。チート。最初からすごいやつ」
佐藤竜馬は、テーブルの上のカタログを手に取ってパラパラとめくる。すると、徐々に彼の目が輝き始める。
「あ、この成長チートっての知ってるわ、これどんどん強くなるからいいんだよね――。あとこれ、アーティファクト。現世からスマホとか持っていってさぁ、異世界で薬とか作って感謝されるやつ……」
彼の夢はどんどんと膨らんで行くようだった。しばらくは黙って見ていたコーディネーターだったが、彼の豹変ぶりを見かねて、水を差すように話し始めた。
「お楽しみの所、恐縮なのですが、目に付きやすいスキルばかりではなく、もう少しじっくりと異世界生活とこれからの人生のビジョンを決めませんと……」
男の忠告に、あからさまに嫌そうな表情を見せる佐藤竜馬。コーディネーターの意見は無視して彼はスキルの欄に夢中である。
「大抵の方は最初に旅の仲間を選択いたします。異世界の水先案内人が最初に登場するシチュエーションです。男女選択をなさいますと1ポイントプラスですが……」
「うるさいな〜チートがあれば異世界なんか大丈夫っしょ。スマホとか使ってさぁ」
彼は明らかにイライラしていた。彼の場合は自分の意見を否定されることを極端に嫌う。だから引きこもりになったと男は母親から聞かされていたのだが……
「では、奴隷なんかはいかがでしょうか。1ポイントでいけますよ」
せめて何か生活に役立つオプションをつけなければ……彼には異世界を共に歩む仲間が必要なはずなのだ。そしてこれなら彼も心を動かすのではないかと、コーディネーターが絞り出したプランであった。
「奴隷?」
「奴隷の少女を買取り人間同様に普通の生活をさせるだけで感謝され好意を持たれます。ご存知でしょ。今はけっこう流行ってるみたいで皆さん選択されますよ」
「あぁ、知ってるよ。よく耳のある女の子とかが出てくるやつでしょ。それもいいなぁつけようかな……」
「どうですか、まとまりますか?」
本来ならば、客の理想の異世界生活を聞き出した後に、それに合ったプランをいくつか用意していくのがコーディネーターの仕事なのだが……
「大丈夫、決めました。まずは成長チート。そしてスマホ。で最後が奴隷の女の子。これで6ポイント、完璧でしょ」
「申し訳ございません。それでは1ポイント足りません」
「え?なんでだよ。6ポイントじゃん。ほらここに描いてあるでしょ」
カタログの数字をバンバン叩きながら腹立たしそうに訴える。
「えっとですね、そのスマホなんですが、竜馬様はスマホをお持ちにならないためこちらで用意すると1ポイント追加となってしまいますので」
「えぇ、台所に母さんのスマホが有ったでしょ。ピンクで気に入らないけどアレにするから」
「いえ、異世界に持っていける物は本人の私物のみとなっっておりまして……」
「えぇ〜なんだよ。母さんはいったい4ポイントも何に使ったんだ。教えてくれよ、いらないのだったら外すから」
使われた4ポイントの使い道は母親から息子には伝え無いようにときつく言われていた。しかしこんな様子では彼が異世界で上手くやっていける気がしない。もしかしたら彼の為に母親が選択したオプションが本当に発動してしまうかもしれない……
いや、もしかして、それが母親の目的だったのだろうか……コーディネーターの男は母親と契約を交わした時の事を思い出した。「私は息子を信じていますから」そう彼女は、何回も言っていた。ならば彼に任せよう。母親の言うように私も彼を信じてみよう。
「わかったよ、奴隷はなしにする」
吐き捨てるように言った息子の言葉。
そして、コーディネーターはその言葉を否定することは無かった。もしこれが、母親の信じるということならば彼にすべてを任せることがおそらくは正解なのだ。
今回の仕事は、今までの仕事とは何もかもが違っっていた。このまま彼が異世界へ渡っても上手くいくはずが無いことは分かりきっている。しかし、あえてコーディネーターはその迷いを断ち切った。
そして、コーディネーターはもう後戻りの出来ない最終決定の言葉を息子に告げた。
「それでは最終の確認いたします……」
結局、オプションは、彼の意思通り成長チートとアーティファクトのスマホに決まった。
「まず異世界に旅立たれる前に、注意点を申し上げます。これは貴方にとって大切なことですので肝に命じておいてください」
そうコーディネーターから告げられた時も、息子はこれから始まる異世界生活に彼は浮かれていた。もしかしたら新しいゲームを始めるような、そんな感覚でいたのかもしれない。
「まず、あちらの世界ではいくらチートの能力があったとしても、まず生きるために働かなくてはなりません。とりあえず冒険者ギルドなどに登録されるのがよろしいと思います。また、宿などの手続きも、食事の手配も、洗濯も、もちろん買い物も最初は全て自ら行ってください」
しかし……、コーディネーターが淡々と話していくうちに彼の表情には次第に不安の影が見え始め、徐々に先程までの尊大な態度や落ち着きが消えていく。だがそれでいいとコーディネーターは思った。新しい旅の門出はその未来が希望に満ちあふれていたとしても、最初は誰しも不安なものだ。
ところが、息子はコーディネーターの男が予想もつかない事を言い始める。
「す、すいません、母親を、母さんを連れて行くことは出来ますか?」
彼の唇は震え、目は泳ぎはじめていた。
「お言葉ですが。お母様はもう……」
「わ、わかっているよ。だから母さんの死体をあちらの世界に連れて行ってさ、むこうで生き返らす呪文でさ……」
「あの、申し上げにくいのですが……佐藤竜馬様はあちらの世界でもお母様を……こき使う気でいらっしゃるのですか……」
しばらくは押し問答があったが、おそらくは自分でも無茶なことを言っているのはわかっていたのだろう。最後はおとなしく引き下がり、自分に言い聞かせるように納得した。
彼は次第に声を詰まらせ目には涙を浮かばせた。
「か、母さん……うぅ……」
その声は次第に、号泣へと変わっていった。
彼は新しい旅を前にして母親の死を実感したのかもしれない。そして、ひとしきり泣いた後に彼はたった一人で異世界へと渡っていった。
最後に彼は「すみません、これから母の遺体はどうなるのでしょうか?」とコーディネーターの男に質問した。
コーディネーターは首を横に振るだけで、声に出しては何も言わなかった。
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