第2話 天ヶ崎舞羽と休日の朝


 僕は気骨ある男であるからして鍛錬を怠ってはならない。朝はジョギング。近所の公園を30分ほど走ってから僕の一日は始まるのである。


 お気に入りの曲を聞きながら澄んだ空気をくぐり抜ける爽快感たるや、ああ、僕はなんて充実した人生を歩んでいるのだろうか。そんな笑みが自然とこぼれてくる。


 家に帰るとシャワーを浴びる。温度は低め。火照った体に冷たい朝の水が心地よい。


 それから朝食の前に着替えをするのである。が、僕の一日はだいたい二歩目で躓くのだ。


「すや………すや……」


 天ヶ崎舞羽。僕の一日を彼女がダメにするのである。


「また……僕の部屋で寝てるのか……。ったく、起きろーーー!」


「すやすや……」


「ダメか……。なんなんだこの睡眠モンスターは」


 彼女は隣の家に住む幼馴染である。身長は高校生にしては低めの145センチ。体重は知らないけれど、リンゴ3個分と言われても納得してしまうほど軽い。そのわりに肉付きはよくて、体のどこを触っても柔らかく、体のパーツがすべて丸で構成されているようなマシュマロボディ。桜色のロングヘア―とおっとりとした顔つきが可愛いと評判のゆるふわ女子だ。


 僕はさっさと着替えを終えると、舞羽を起こすべくカーテンをシャッと開け放つ。


 今日は休日。僕は勉強の予定が詰まっているのだから彼女には帰ってもらわねば困る。僕は努力しているところを人に見られるのが何よりもキライなのだ。頑張っていると思われたくないし、褒められるのは虫唾が走る。


「んぅ……まぶしい……」


 舞羽は日光を避けるためか、芋虫のごとく掛布団を頭までかぶって、布団の中にもぐりこむ。かわいそうだとは思うけれど今日こそは僕の一日を邪魔させるわけにはいかない。というか寝たいなら自分の部屋で寝ればいい。


「いい加減目を覚ませ! 今何時だと思ってるんだ!」


 僕は掛布団を思いっきり引っぺがした。黒い毛布をバッと取り上げるとその中から身体を丸めた舞羽が姿を現した。


 いくら彼女がダメ人間であろうと身を守る物がなければ起きだすはずだ。そうして僕の完璧な一日が守られる。


「んー……まだ6時じゃん……」


「もう6時だ! 僕はこれから勉強するのだから帰れ!」


「………はーい」


 水玉模様のパジャマと桜色のロングヘア―がパステルカラーになって可愛いが、いくらなんでも不法侵入を許すわけにはいかない。


 のっそりと起きだした彼女を家まで送るべく僕は部屋のドアを開ける。が、僕は彼女が奇想天外なダメ人間であることをすっかり忘れていた。


 ベッドに座って伸びをする彼女の、上半身はパステルカラーで可愛いが、下半身はまばゆいばかりの白。というか、ふともも。陽の光を浴びてキラキラと輝く絹のような肌を守っていたのは、あろうことかパンツ一枚であった。ピンクと白のしましまであった。


 それが伸びをすることによっておへそまで見えたのだから、それはもう大変な事だ。


「ズボンを履け! 馬鹿!」


「あ、脱げてる……きゃーー」と、ほとんど棒読みの悲鳴をあげる。


「きゃーーじゃない! 隠せよ!」


 わぷっ と、小さな声をあげて僕が放り投げた毛布を顔面で受け止めた彼女は、その毛布で隠しながらベッドに落ちていたズボンを履いた。


「……ゆう、見てた。恥ずかしい」


「はぁ!? 見るわけないだろ!」


「ふぅ~ん。ピンクと白が好きなんだ」


「違う違う違う! 断じて違う!」


「……お子様」


「うるさい!」


 僕が顔を真っ赤にしてそっぽを向くと、舞羽は満足したのかようやく僕の家を後にした。


 彼女は奇想天外なダメ人間である。


 僕は悶々とする思いを抱えながら白米をかきこみ、部屋に戻ってから勉強に没頭する事にした。頭をちらつく舞羽の肢体も好きな曲を爆音で流せば消えるはずである。


 ところが、重ね重ね言うが、彼女は本当にダメ人間である。


「ゆう、ゆう、これ」


 と、古典の現代語訳をノートに写していると部屋の窓から当然のように舞羽が侵入してきた。その手に持っているのは、僕のズボンだ。着替えるときにタンスから引っ張り出した薄手のジャージであるが、なぜ彼女が持っているのだろうか。


「間違えて履いちゃってた。返すね」


「それ、さっき履いてったやつか?」


「うん、私のズボン、取りに来た」


 そう言って僕の部屋を探し回る。さすがに舞羽も着替えたのか、淡いピンクのロリポップ調のワンピースを着ていた。


「あれぇ……どこに行ったんだろう?」


「僕は見てないぞ。見つけてたらもう返してる」


「だよねぇ。あれーーー?」


 と、不思議そうに小首をかしげる舞羽。こうしていれば可愛いのだけど、どうして寝起きはあんなに無防備なのだろうか。


 やがて何か思い当たったらしい舞羽はペタリと座り込むと、わずかに頬を赤らめて両手に顔をうずめてしまう。「あ、そうだった」


「……? 何か分かったか?」


「うん、その………」


「………?」


 舞羽は手のひらから上目遣いに僕を見上げて、羞恥に濡れた瞳でこう言った。


「……ごめん、最初から履いてなかった……かも」


「出ていけ変態!」


 数分後、部屋にあったと舞羽からラインがあった。


 彼女は紛う事なきダメ人間である。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る