第22話 仲間の死



 女子二人と家で過ごすのは、なかなかに困難だった。

 どうやって時間を潰そうかと悩む俺の一番の助けになったのは、やはり小学校のアルバムだろうか。


 篝火さんは予想通り、好奇心を感じさせる表情でページをめくっていた。彼女は写真の俺と実物の俺をニコニコ顔で見比べていたし、俺のことが嫌いな双葉さんですら、興味なさそうにしながらも視線はアルバムに向いていた。


 ちなみに、俺は中学に名前だけ所属させていただけで、実際には一日も通っていなかったため、アルバムどころかこのころの写真は一枚もない。

 そのことについてなんと言い訳をしようかなぁと考えていたが、篝火さんは中学について一切言及することなく、満足した表情を浮かべていた。

 助かったと思う反面、なぜだろうという気持ちが強くなる。


 そして、その翌日。


 俺たちはいつもの霊装士の制服ではなく、喪服を身に着けてエリア1にある葬儀場にやってきていた。

 亡くなったのは、エリア1に配属して二年目になる、Eランク霊装士二名。

 昨日の夜、丙番夜勤だった彼らは、勤務中に危険度Cのイレギュラー発生に遭遇。


 発生場所が荒廃地区と一般地区の中間地点で、足止めの為に残った彼らは、そのまま殺されてしまったらしい。救援が来たときはまだ息があったそうだが、病院で死亡が確認されたそうだ。


「さて、ようやく今日で謹慎が終わるなぁ」


 葬儀場を出て、グッと背伸びをする。

 葬儀には部隊での参加になるので、当然この場には俺以外の二名もいる。

 謹慎も楽でいいが、双葉さんや篝火さんには成長してもらわないといけないからなぁ。平和な未来のために、頑張ってほしいものだ。


「……あなたはなぜ、そんなにいつも通りなのですか? 同じエリアに所属する仲間が死んだのですよ?」


 日が沈むのが遅くなってきたなぁと夕焼け空を見上げていると、双葉さんが声を掛けてくる。


「こんなことでいちいち心を乱していたら、霊装士なんてやっていけないだろ」


 霊装士は圧倒的に死亡率の高い職業だ。

 だからこそ、協会が無理な戦いを禁じているし、霊装士のノルマは少ない。そして、養成校の卒業基準も厳しいものになっている。


 だが、それでも人は死ぬ。

 俺の場合は文字通り桁違いの人数が死ぬところを見てきたから、もはや悲しいという感情は一切わかないのだけど。


「うん……いつまでも引きずっていたらダメだよね。これからに繋げないと」


 篝火さんは少し気落ちしているようだが、前向きな意見を述べていた。

 そんな篝火さんを一瞥してから、双葉さんは俺を睨む。


「あなたに人の心はないのですかっ!? だから、あの時も気軽に警察官を見捨てるという選択をしたのですか!?」


 声を荒げて叫ぶ双葉さんに、葬儀場から出てきた他の隊員たちもなんだなんだと視線を向けてくる。目立つから止めてほしい。


 人の心がない――ねぇ。『お前も俺の人生を辿ればわかる』と言ってやりたいが、堪えよう。言ったところで何の解決にもならないし、意味もわからないだろうし。


「人の心がなくたって霊装士はできるから問題ないだろ。侵略者を倒すだけなんだからな。どっちかというと、その『人の心』とやらのせいで業務に支障が出ているのは、双葉さんのほうじゃないか?」


 柄にもなく――本当に柄にもなく、俺は双葉さんに突っかかっていった。

 頭では理解しているけど、自分では認めたくない部分を、彼女に指摘されてしまったからだと思う。


 言わないほうが良い――その結論にたどり着いたのは、言い終えて一息ついてからだった。


「霊装士とは人を救うための仕事ですっ! あなたのような考えの人が同じ部隊にいるなんて――あなたのような人と一緒に仕事をするなんて、上手くいくはずがないっ!」


 叫ぶ双葉さんと肩をすくめる俺の間で、篝火さんはおろおろとしている。

 本当に、彼女はこの部隊に所属してから被害を浴びてばっかりだよなぁ。本当に申し訳ない。申し訳ないが――もう一言だけ反論させてほしい。


「別にチームワークなんて必要ないだろ、お前は個で強いんだから、前回だってあれで上手くいったし。――とにかく、俺は部隊を退くつもりはないからな」


「だったら、だったら私がこの部隊を――「双葉」――っ」


 頭から湯気が立っていそうなほど、熱を帯びている双葉さん。そんな彼女の言葉を止めたのは、姉の一葉さんだった。またの名を、副司令官ともいう。

 葬儀に参列していたから、話しかけらたりするかもなぁとは思っていたが、ここでやってきたか。


「霊装士は時に情を捨てなければならない――そう養成校で習わなかったかしら? いまのあなたより、よっぽど百瀬くんのほうが霊装士に向いているわよ」


 姉の立場で語っているのか、それとも上司として語っているのか。

 普段の副司令官の姿を知らない俺には、どちらか判別がつかない。


「だ、だけどこいつは――っ!」


 さすがに姉に対しては丁寧な口調ではないらしい。

 てっきり口癖のようなものだと思っていたが……ということは、『馬鹿』だの『サボり魔』だの言っていた俺に対しても、最低限の礼儀は欠かさぬようにしていたってことなのか?


 ただ単に、壁を作っていた可能性も無きにしも非ずだが。


「水霧双葉、今日はもう帰りなさい。頭が冷えるまで出勤は禁じます」


「……はっ、了解しました」


 のろのろとした動きで敬礼のポーズをとった双葉さんは、俯いたまま俺たちに背を向け、その場を去っていく。

 水霧副司令官はというと、俺たちにいつも通り出勤することを命じると、そのまま去っていった。


「どうしたもんかね」


 俺と双葉さんの関係――あきらかに部隊結成の時より悪くなっているよなぁ。少しはマシになってきているかも、と思った矢先にこれである。


「ねぇ百瀬くん。どうしても双葉さんが一緒じゃないとダメなの……?」


 上目遣いで俺の心を窺うようにしながら、篝火さんが聞いてくる。

 一緒じゃないとダメなんですよねぇ残念ながら。

 死ぬ危険性が高くなるというのも一つの理由ではあるが、副司令官と約束しちゃってるからなぁ。


 だけど、部隊としてまったく機能しないレベルになってしまったら、その時は副司令官に相談してみることにしよう。

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