元カノに振られたと思ったらいつの間にか学園のアイドルが俺の部屋に入り浸っていて元カノも何故かやたらと絡んできて困る【改訂版】
桜月 縫
第1話
二年目の高校生活が始まり、相も変わらずいつも通りに学校帰りに制服のまま遊びに出かけて地元の駅の改札を出た現在時刻は午後6時45分。
「今日も楽しかったねー! 超歌ったし!」
「今日はいつもより高音出ててすごかったな」
「でしょ!」
大げさな素振りで腕にがしっとしがみついて上目遣いにドヤ顔をする
ごく平凡な日本の男子高校生である俺――
所謂陽キャ。
明るい茶色の髪にばっちり整えられたメイクで睫毛は長くくるんとして頬は少しチークで桜色、リップは流行りの濃い目の紅でぷっくりと膨らんだ唇が心拍数を跳ね上げる。
要は、見た目は完全にギャル。
「ちょっと、まだ駅前なんだからあんまりひっつくと恥ずかしいって」
「……むう。ユウってなんか二人っきりのときと外に居るときでなんか距離感あるよね?」
「そんなことないよ。恥ずかしいだけだって」
ようやく腕を離してくれたのでわかってくれたのかな、とほっと胸を撫でおろせば次はジト目だ。
「それにさ、あたしずっと思ってたことがあるんだけど。ユウっていっつも遊んだ帰りすごいつまらなそうな顔してるよね」
「それは……」
そんな顔をしていた自覚はなかったので思わず口ごもってしまう。
「ほら、なんか『しまった!』って顔してる!」
「してないよ!」
「してた!」
してた。
バレてた。
「でも別に美鈴と居るのがつまらないとか思ってないから!」
「じゃあちゅーして?」
「はい?」
んーっと口を尖らせる美鈴。
いや、ここまだ駅のロータリーなんだけど……。
「はーやーくー」
口を尖らせたまま器用に喋って見せる美鈴にちょっと関心しつつ俺は周囲の目が気になってあちこちを見渡してしまう。
「やっぱ……してくれないんだ」
そうしているうちに尖っていた唇が元に戻り、俯く美鈴。
「そうじゃなくて、こんなところだし、そもそも今ちゅーしたらそれが俺たちのファーストキスだぞ? こんな勢いでするもんじゃないだろ」
中学一年の冬からの付き合いではあるが、俺たちはまだそういう体の関係? とやらには発展していない。
美鈴も見た目はあか抜けていてギャルっぽいがコミュニケーションはちょっとオーバーでも、そういうところは軽くなかったはずだ。
それがどうして。
そう思いながら俺は俯いて前髪で隠れてしまって見えなくなった美鈴がどんな顔をしているのか想像し、返答を待つ。
「ねえ、あたしたち付き合ってもう結構経つよね」
「中一の冬からだから三年半くらいかな」
今年の冬で四年のはず。
「それからずっとさ、楽しかったよね?」
「ああ。俺は美鈴のおかげで毎日すごい楽しかったし、一番辛かった時期を救って貰った恩は一生忘れないよ」
俺の両親が事故で死んでしまって塞ぎ込んでいた時。
声を掛けて、遊びに連れ出して落ち込んだ俺を励ましてくれたのは美鈴だ。
だからそんな美鈴を俺は好きになったし、そうやって変わっていった俺を美鈴も好きになってくれたんだと思っている。
最初はきっと同情だったと思う。
けど、毎日接していた美鈴だからこそ今美鈴から向けられている感情が同情なんかじゃないって自信を持てる。
だから、俺はその後の美鈴の言葉が信じられなかった。
「あたしと付き合ってるのはその恩返しってわけ?」
「は?」
なんでそうなる?
「だから一度もえっちもちゅーもしてこなかったの? だからいつも帰る時になると変な顔してるの?」
「いやちょっ、こんなところで何言ってるんだよ。誰が聞いてるかわかんないのに、っていうか変な顔ってなんだよ!?」
俺はただそういうことをする勇気がまだ無かっただけで……。
「最近さ、ユウの気持ちがわかんない」
「なんでそうなるんだよ!」
「なんでかわかってくれないところがわかんない」
「無茶言うなよ!」
問いに問いを返しさらに問いを返されてももはや問題がなんなのかもわからないし答えようがない。
「あのさ、ユウ……あたしら別れよっか」
「え?」
いまの会話のどこにそんな選択肢があったの!?
「もうさ、ユウの恩返しは十分貰ったよ。これ以上一緒に居ても、あたしらきっとうまくいかないよ」
「違う違う、ちゃんと話し合えばうまくいくって。どうしてそういう考えになったのかちゃんと教えてよ」
そもそも俺は恩返しで付き合ってるわけじゃないって!
(あたしは……もっとユウを幸せにできてると思ってた)
「え、なんて?」
とても小さな声で呟かれたその声はちょうどホームに入ってきたのだろう電車の音に遮られて俺の耳には届かなかった。
「ごめん美鈴。電車の音で聞こえてなかった。もう一度言ってくれない?」
電車のブレーキがレールを擦り挙げる高音が止まるのを待って美鈴に再度問いかける。
「もうお別れ。さようなら」
顔を上げた美鈴の眦が黒く滲み、霞んだチークがいつも完璧にメイクをしている美鈴の不格好さに不釣り合いなさっぱりとした笑みを浮かべて一言。
不意打ちのように俺の胸に痛みを残して走り去る。
唐突に別れを告げられ、こちらの答えすら待つことなく去っていく美鈴の後ろ姿をただ俺は眺めていた。
まるでドラマみたいな後ろ姿だなあ。
なんてくだらない理性が俺の足が前に出るのを止める。
追って、抱きしめて、キスでもする場面か?
平凡なただの高校生男子が?
「ああ、そうだ。時間を置いてスマホでメッセージを送ってみよう」
間抜けな理性に屈した俺は見られているかなどわかりもしないのに周囲の目を避けるようにそそくさと速足で歩き始める。
自宅へ向かって。
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