不本意ながらも女の子

膝関節パキオ

第1話 夢だと思いたい

 朝、いつものように目を覚ますと、僕の体に少しだけ変化が起きていた。

喉仏がなくなって、極めつけには……


「ん、スベスベ……? は? はぁ!?」


 思わず叫んでしまうほど、昨日まで僕が僕であったモノが、撤去されていたのだった。何のことはない。凸が凹に変換されただけのことだった。

 これが噂に聞く「あれ」かと思って愕然としていたところ、部屋のドアを小さくノックしたあと、ためらいなくガチャリと開けてくる母の姿を目にした。


「どうしたがよ、急に叫んで。怖い夢でも見たとか?」

「……あー、うん。そうやな、寝ぼけちょったみたいや」


 夢の、東京でのスクールライフが始まって早2ヶ月。ようやく都会での景色や暮らしぶりに慣れてきた矢先の出来事だった。

「寝ぼけていた」だって? 本当にそうであってほしいんだよ。

「ゆう、ゆうくん! ご飯食べよるときぐらいスマホ置き? 朝っぱらからホンマ……」


 ウィンナーをかじりながらも、僕の目線は小さな画面に一点集中されていた。記憶が正しいければ、確かこのことを習ったのは中3の頃だったはずだ。そう、去年の真ん中くらいに……


突発性女転とっぱつせいにょてん

 近年、世界各国で確認されている奇病のひとつで、その名の通り、突発的に男性の肉体が女性化する現象……と書いてある。

保健の授業でチラッと触れられただけだったが、あまりのインパクトに女子禁制の教室がザワついたのを覚えている。

おおよそ「ワタシ、女転したらグラマラスになっちゃうわ〜ん♡」みたいなくだらない反応だったが、そのくだらない冗談を笑っていたのも事実。

 そして、自分には関係ないと思っていたのも、また事実だった。


「もーう、はよ食べ! 遅れるで!」


 母さんに急かされて、我に返った僕はご飯をかきこむ。とりあえず今日は、普通に登校して……

 これからのことは、主にスマホを相談相手としながらも生活していくことにする。女体化といっても、髪が長くなるわけでも、胸がすぐ大きくなるわけでもない。……いや、胸に関してはこれから大きくなってしまうかもしれないが。


 さて、ここでひとつ問題が。

歯を磨いた僕は、あるドアに目を向けて考え込んでいた。トイレだ。自分の体とはいえ、女性として尿意を発散させるというのは、どうも抵抗が——

雄一郎ゆういちろう! お母さんも洗面台使うがやき、歯ぁ磨いたんやったら、はよトイレ行き!」

「う、うん!」


 お母さんにどやされた僕は、追いやられるようにトイレに入った。お母さんは東京に引っ越してきてから、朝をせっかちに過ごすようになった。そんなことよりも、僕は自分と向き合わなければならない。

徐々に暑い日が増えて、履き始めた半ズボン。

僕はあえて、思い切りそれを脱いだ。


……明らかに座って用を足すべき形状をしている。僕は自分のそれを見ても興奮はしなかった。たとえ興奮したとしても、起動するアンテナがそもそもなかった。

 大きいほうをするときの感覚とポージングで、僕は下半身に力を込めた。

これはある意味、楽だと思った。飛び散るから座ってやってほしいと、常日頃から母さんが嘆いていたことが、結果的に上手く改善されたのだから。


 トイレから出た僕は、自分の部屋に入って制服に着替えることにした。

ズボンを脱いでも膨らみの見えない股間が、新鮮で仕方ない。だけどいつものように、裾や袖を通した。うっかり他人に性器を見られる機会などそうそうないし、あったとしてもそこは気をつける。喉仏はないみたいだが、元々背が低くて声の高めだった僕は、さほど声質に変化はない。


 大丈夫、これからのことは、おいおい考えていけばいいのだから。

……そう自分に言い聞かせるつもりで、僕は玄関を開けた。


◉ ◉ ◉


【突発性女転 日本 事例】

【突発性女転 体の変化】


 突如として生まれた不安や、新たな問題。それらを誰の目にも明らかにさせるのが、インターネットの検索履歴だと思っている。

人の詰められた箱船にも慣れつつある僕。手すりを片手で握りながら、僕はスマホの画面を凝視する。

 調べてみても、まだ日本で女転が確認されたというニュースはどこにもない。中国やネパール、アメリカにインドネシア……どれもこれも、人口密度や衛生状況によるものであろう事例ばかりだ。


 そもそも突発性女転の患者は世界でも20人ほどと、まだまだ物珍しい存在として認知されている。そしてどの事例にも共通している特徴が——


【多くの場合、女性ホルモンの分泌が限度に達するまでが半月。そこから元の男性の体に戻っていくまでが半月と、総括して1年ほどで自然治癒するとされている】

という、ありがたいのやら長いのやら分からない情報。

 そして興味深いというか、僕が少しだけ懸念しているのが——


【ただし、これは妊娠を伴わなかった場合に限る。とあるデータによると、突発性女転を発症した男性が、女転以前より交際していた男性と性交渉を重ね、結果として女転した男性は妊娠。そこから現在に至るまで、女性の体のまま生活しているのだとという】

……という情報だ。

 どうやらこの状態で受精をしたら、無期限で女体と向き合う形になってしまうらしい。

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