第2話

 夢を、見ていたような気がする。

 雪で寒い中、二人の少女が身を寄せ合っている、そのような夢。

 誰かに肩を揺さぶられる感覚で静かに瞼をあけたのは、まだスーツに着られていると言っても過言ではない幼さの残る顔つきの青年、高砂理玖タカサゴ リクだった。そっと目を開けては、隣に座っていたフードを目深に被っている女性を視界に入れる。


「あれ、僕は……」

「ぐっすりでしたよ。全く、緊張感がないのか。はたまた、緊張が高じて眠くなったのか。私にはどうでも良いことですが、次の駅が目的地ですので起きてください」


 フードを目深に被っている影響で、女性の表情は影となり分かりづらい。

 ぼんやりとした思考のまま、一つ欠伸を終えてから理玖は邪魔にならない程度に伸びをしてから電車が止まったのと同時に鞄を手にして女性と共に電車から降り立った。

 そんなやり取りがあったのが、ちょうど五分前の出来事である。

 現在二人は、車も走っていない田舎道にて旅行鞄を片手に無人駅と言っても差支えはない場所で欠伸をしたり伸びをしたり。はたまた、地図を開いて確認をしていた。主に、地図を確認しているのは理玖だけなのだが。


「な、なんだかイメージとはかなりかけ離れていますね。見渡す限り、田んぼにあぜ道。恐ろしいほどに静かですし、資料にある以上に田舎じゃないですか? ろくに建物もないから、目印もほぼ役に立たないし……」

「まぁ、そうですよね。思ったよりも田舎しているようですし……。おそらくですが、高砂少年のイメージでは都心周辺だったんでしょうね。京都と言えども、都心から離れればこんな感じですから。東京だってそうでしょうに」


 茶色から毛先に行くにつれて、桃色の髪の毛をしている女性、甘羽馨アマバネ カオルは気だるげに欠伸をしながら理玖の言葉に軽く返事をする。電車に乗っているときは目深にフードを被っていたが、あまりにも人がいなくなったこともあり今はフードを取っている。理玖は、そっと隣に居る馨を視界に入れてはその少しだけ異質さを孕ませている姿をぼんやりと眺める。

 赤や緑などのある意味で暖色と言える色が角度により様々な色に見える奇怪な瞳。

 目の下には、まるで切り傷なのでないかと思わせるような痣。

 そして、彼女自身を纏っている雰囲気。まるで、こちらの全てが意図せずとも見透かされているのではないかと不安になってしまう漠然とした何か。理玖はそっと視線を馨から外して、再び地図と周辺を眺めながら目的地の場所を考える。


「……これ、は」


 地図とにらめっこ中に理玖とは対照的に、馨はそっと周囲を見渡して何か驚くようにわずかに目を見開いてから口元に手を添えて静かに呟いてしまう。もとより馨は、誰にもいうことはしていないがこの任務を言い渡した自身の上司である宵宮伊月ヨイミヤ イヅキに渡された資料と彼から聞かされていた事前説明に対して多少の不信感と、言い難い違和感を抱いていた。

 上司を疑うとは何事か、と一般人が聞けば告げることだろう。

 だが、残念なことに馨は一般人とは言い難く。そして二人が所属している組織も、公的な会社などではない。二人が所属しているのは、政府公認組織でもある警視庁公安部に存在している異能取締課。馨は、その中でも希少と言える「異能官」として在籍しており、理玖はそんな異能官とペアとして派遣される「監視官」として在籍しているのだ。

 今回、二人に言い渡された任務はとある人物の「回収」と「保護」。そして、依頼者からの仕事である「目に見えない透明な窃盗犯」を突き止めて証明するということだった。


「それにしても、本当に僕が監視官として異能力者である甘羽さんと組んで仕事をすることになるとは……。まぁ、いまだに何か夢でも見てんのか……?」

「残念ながらこれは現実ですよ。そんなに不安ならば、一発殴ってあげましょうか? 見えるとことを傷つけられるのが嫌なのであれば、腹部や背中といった見えづらいところを中心に殴ることも可能ですが」

「遠慮しておきます」


 世界には、様々な人間や個性が存在している。

 その中で、「異能」と呼ばれる特異的な能力を持つ者たちのことを総じて「異能力者」と呼んでいる。異能力者は全体の一割程度しか存在していない極めて希少な存在、とされて居るが実際どれほど存在しているのかわかる者はいない。

 何故ならば、彼らは自身が異能力者であるということを周囲に隠して「非異能力者」である一般人のふりをして生きているからだ。勿論それには理由が存在している。その理由は、異能力者には「人権」が存在していないから。彼らは生まれつき、異能を所持しており極めて危険な人物とされている。たとえ、彼らに誰かを傷つける意思がなくとも人間というものは自身の持たざるものを持っている者を恐れる性質を持ち合わせているものだ。

 故に、異能力者は犬猫や家畜以下の存在とされており彼らに何をしても非異能力者は罪に問われることはない。

 たとえ、道端の非異能力者が異能力者を悪意を持ってめった刺しにして殺したとしてもその行為自体は罪に問われることはない。むしろ、危険な異能力者を排除したということで賞賛を受けることだってあるだろう。そうして、彼らは世間に紛れてのうのうと人を殺しておきながら生きていく。

 同じ異能力者と言えども、「異能官」の場合は少しだけ扱いが異なるのだがそれはさておき。


「まぁ、いずれにせよ。私たちに仕事が回ってくるということですから、異能力者関係は確定でしょうし。そして、ほぼ何でも屋と化している東京本部に回って来た時点で厄介払いを受けた面倒案件であるということも予測可能です」

「異能課って、何でも屋なんですか……? というか、冷静に考えたら全国にも異能課はあるはずなのに京都案件が東京本部で受けているのもおかしいなって思ったのはそういうことでもあったんですね……」

「京都にも一応あるんですけどね。まぁ、地域柄というか異能課は特色が異なるんです。取りまとめているリーダの方針により特色が変わるだなんてよくある話ですよ。うちも伊月室長の方針でそういう何でも屋紛いなことをしているわけですし。どっちにしよ、異能力者は異能力者を使って対処するほかありません。やっていることはまるで、毒を以て毒を制すというものでしょうか」

「僕にはよくわかりませんけど。……ともかく、なるべく甘羽さんの足手まといになることだけは頑張って避けていこうと思ってはいますが」

「その心がけは結構。でもまぁ、このようなところにはそれなりに。大なり小なりと面倒ごとが隠されているものです」


 異能官である馨は、勿論のこと異能力者である。

 そして、彼女が所持している異能の一つに様々なものが理解できるというものが存在している。言ってしまえば、うそ発見器の広範囲版のようである。馨自身は「本質が見える程度」と何でもないようなことを言っているが意識をすればするほど対象や周囲の内心、思考の全てを読み取ることが出来てしまうのだ。だが、この彼女が持つ異能の範囲などを詳しく知る者はいない。

 その異能ゆえに、現地にやってきて明確に感じることが出来る「嫌なもの」を理解してしまったのだろう。まだ着いてしばらくしか経っていないというのにも関わらず、彼女は嫌そうに舌打ちを隠すことなくしていた。


「それなりの面倒ごと、ですか」

「何にせよ、行ってみればわかるでしょう。それらに対して、高砂少年がどの様な反応を見せるのか楽しみです。それに、これはある意味では実地試験のようなもの。気軽に肩の力を抜いていきましょう」


 馨の言葉に、思わず表情をこわばらせてしまう理玖。

 彼は先日、ずっと落ち続けている会社面接が終わり公園で一人うなだれているところを偶然通りかかった警視庁公安部の異能取締課を取りまとめている伊月と出会い、理玖の何を見出したのか興味深いということで伊月は理玖を監視官にスカウトしたのだ。本来ではれば、試験などを受けなければいけないが東京異能課はまとめ役である伊月のスカウトでしか入ることは出来ない特殊な環境である。

 スカウトの条件が良かったこともあり、伊月の誘いを即答するように受けた理玖であったが監視官として何一つ心得のない自身に何を見出したのかはいまだに彼自身も分かっていない。そもそも、果たして本当に伊月は彼に何かを本当に見出していることさえも伊月しか知る由はないのだ。理玖はそのまま流れるように、現在担当監視官がいなかった異能官である馨の相棒としてこの場に派遣されることになったという経緯がある。

 故に、今回の任務は馨の言う通り彼女との相性を確かめるための実地試験も兼ねているということだ。


「一つ、言うことをするならな。……そうですねぇ」


 そっと嫌になるほどに太陽が燦燦と輝いている空を見上げては、馨は小さくため息をついてから何処か愉快そうに。

 悪人を思わせるには充分すぎる程に表情を歪めては、口角を上げて言葉を紡いだ。


「肩の力を抜くことは大事ですが、抜きすぎることはしないほうが良いですよってことくらいですかね。あと、私は高砂少年のことは歴代監視官よりましであると直感的に思っていますが、私の飼い主として認めているわけではありません」


 異能官と監視官というものは、一言で簡単に言ってしまえば飼い犬と飼い主のような関係である。

 人権がない家畜以下の異能力者。しかし、そんな異能力者の中でも異能官という職業に就くことが出来れば最低限の人権は獲得することが出来る。それでも誰かの監視下に置かれていることは変わりはないが、家畜以下の人権がないよりはましであるのもまた事実なのだろう。

 動物を傷つけるだけでも、法律に反する。

 だというのにも関わらず、非異能力者は異能力者を理由なく傷つけても、殺しても罪に決して問われることはない。そのことに関して声を上げる者も数名は居るが、結局のところ何も変わることはないのが現状だ。


「あの、もしもなんですけど」

「はい、なんでしょうか?」

「甘羽さんが、僕を担当監視官として認めてくれなかった場合は僕は一体、どうなるんですかね……?」

「いや、私に聞かれても。そういうのは興味もないので知りませんし、どうでも良いです。ともかく今は。私に認められるように頑張れば良いんじゃないんですかね。確かに、この場所は嫌な感じはしますが別に死ぬほど酷い案件ではないでしょう。……多分」


 異能力には、階級と呼ばれるランク付けが存在してる。

 その階級が高ければ高いほど、その存在は希少でありそして強力で危険ということになる。下手をすれば、一人の異能力者で国一つ滅ぼすことさえも安易に出来てしまうほどに危険なのだ。他にも、本来は一人に一つの異能であるが複数所持している場合も稀にあれ、この場合は危険性問わずとして高い階級に分類され否が応でも危険視されることになる。

 そして、馨の階級は最上級であるS級。

 つまり、任務によっては戦闘を強制されることもあり得るし必ずしも命が無事である任務にだけ派遣されるとは、限らない。

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