1ー⑮

「待って、 カシムさん」


 勇はカシムを制し、前へ出る。


「こいつは僕がやる……やらなきゃいけないんだッ」


 自らの軽率な行いがスキンクマンを呼び寄せ、源治郎が犠牲となったのだ……その事に勇は責任と罪悪感があった。


「そうか」


 カシムは鱗化を解き、下がる。


「見せてみろ宮守くん、その覚悟を!」


 腕を組み、そう言い放ったカシムに戦う気は全く感じられなかった。


「お前の相手は僕だ!スキンクマンッッ!!」


「嘗めるなよクソガキっ!!」


 スキンクマンは先ほど同様、オマキトカゲの尾を勇の首へと伸ばす。が、


「二度も同じ手を食うか!!」


 左腕でそれを受け止める。 スキンクマンの尾はそのまま勇の左手を拘束した。


「ふんっ」


 勇は左手で巻き付いた尾を握ると、一気に引いて自らへと寄せた。それと同時に右足を半歩前へ踏み出し、その足を軸に体を反転しながら膝を曲げ腰を落とす。 右手は相手の尾の下から滑らせ、担ぐと同時に前へと放り投げる。


「一本背負いか!」


 カシムが呼んだその技の名こそ、勇の得意とした柔道における投げ技である。本来なら相手の腕を取って行うものを応用したのだ。そして、これは彼が源治郎から習った技でもあった。


 投げ飛ばされたスキンクマンは受け身を取れず顔面からコンクリートへと叩きつけられ、悶絶。 勇は再び尻尾を引っ張るが……


「あっ」


 スキンクマンは自ら尻尾を切り離した。


自切じせつ

 多くのトカゲが捕食者に襲われた時などに自らの尾を切り離し、それを身代わりとして本体は逃げるという行為。慣用句として使われる『トカゲの尻尾切り』の由来となった生態である。

 だが、スキンクマンの自切は逃げる為ではなかった。体勢を整えたスキンクマンは勇へと飛びかかる。大きく開けた口に並ぶ鋭い歯で噛み付くつもりであろう。体長40 センチほどのオマキトカゲに人が咬まれた際もひどく痛く出血を伴う事すらある。人間大の体を持つスキンクマンに咬まれれば、ただごとではすまない。だが、勇は冷静だった。


「!!?」


 スキンクマンが自切した尾を両手で水平に持ち、咥えさせる様に噛み付きを受け止めた。そして、両掌を尾から離すと相手の肩と胸にそれぞれ吸着させ、 背負い投げを放った。柔道の投げの多くは相手が着衣状態である事を想定されて作られた……故に襟や袖を掴めない裸の相手には不利とされてきたが、勇はヤモリのファンデルワールス力により『掴む』事なく相手を投げる事が出来るのだ。再び投げられたスキンクマンは一瞬、意識を失い元の須藤圭介の姿へと戻っている。


「クソッ…! 鱗化!!」


 だが、須藤はスキンクマンの姿になる事は無かった。何故だが解らないという顔で自らを見回す。


「カメレオンレディは説明しなかったのか?レプティゾルは模造品であるが故に数回しか鱗化できん。ましてや貴様は自切により体力を著しく消耗したのだからな」


カシムは勇に視線を移す。


「そいつをどうする?宮守くん」

「僕はこいつを殺してやりたいほど憎い!でも、今のこいつは人間なんだから、人間の法で裁くべきだ……ゲンさんならそうするはずだから」


 鱗化を解いた勇は上半身裸の少年へと戻った。


「そのゲンさんとやらは、よほど高潔な人物なのだろうね」


 カシムがそう言った直後、須藤は半裸のまま駆け足で逃げ出し、カシムと勇はその背中を見送った。


「そこかしこにパトカーだらけだ。奴はいずれ捕まるだろう。後の事は警察に任せ、君はゲンさんなる人の元へ行きなさい」


 カシムは半裸の勇に自らのライダースジャケットを羽織らせた。


「ありがとう。……あ、カシムさん、このビルの屋上に僕くらいの歳の女の子がいるから、その子を安全な所に連れて行ってください」


「心得た」


 カシムが勇ほど早くはないもののビルの壁を上りはじめ、勇は脱ぎ捨てた靴下とスニーカーを素早く履くと、走り出した。


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