1ー⑬

 路地裏を、勇は紗良の手を引きながら走る。カシムとの通話は切れてしまったので勇達の居場所も伝わったかは解らない。


「はぁ…はぁ……何なのよもう…」


 紗良は泣き出していた。精神的にも体力的にも限界なのだ。一方の勇は息が多少上がり気味だが、まだ余裕がある。身体機能が強化されているのも半爬者となったのに起因するのだろう。


「……よし」


 勇は靴と靴下を脱ぎ、両足及び両掌をヤモリのそれに変えると、ビルの壁に張り付く。


「さっちゃん、ここを登るから僕の背に負ぶさって」


「あんたも何なのよ、その手足!」


「説明は後!早くしないとアイツが来る!!」


 紗良は逃げることを最優先し、勇の肩に手を、両足はパロスペシャルの様に掛けて負ぶさった。


「たぶんあいつは僕ほど上手く壁を登れないはずだ!」


 勇は紗良を負ぶったまま、ファンデルワールス力を駆使しビルの外壁を素早く登ってゆく。


「ユウ……ヤモリ男の正体って、あんただったの!?」


「うん……詳しい事は後で必ず話すから、今は僕に掴まってて」


「……解ったわよ」


 勇が器用にビルの外壁を登ってゆくその下で、スキンクマンはその姿を見上げていた。そして自身も鋭い爪を壁に掛け外壁を登ろうとするも、上手くいかない。


「……ここを動かないで」


 ビルの屋上に紗良を下ろすと、男は目下のスキンクマンを見る。


「動かないでって、あんたはどうすんのよ!?」


「戦う!」


「警察に任せればいいじゃない!」


「その警察の拳銃も奴のには効かなかっただろ?……ゲンさんもさっちゃんも、僕のせいでこんな危険に巻き込んだんだ。だから、僕があいつを倒さなきゃいけない!……同じトカゲの能力を持つ僕が!!」


 勇は来ていた学生服とパーカー、そしてTシャツを脱ぎ捨てて半裸になると、目を閉じて大きく息を吸い込んだ。


「……鱗化スケイライズッッ!!」


 勇の肌が鱗に覆われる。腰の下辺りからは尻尾が生え、ズボンの外へと伸びてゆく。 水色の地にオレンジ色の斑模様は、トッケイゲッコーと呼ばれるヤモリのそれに近い。


「うおおおおおおっっ!!!」


 ヤモリ人間となった勇は吠えながら飛び降りると、壁を登るスキンクマンを踏みつけた。


「ぱ、パタラス・エネル・ペチョ!!」


 紗良が呼んだその技名…コーナーポストからのダイビングフットスタンプをルチャ・リブレではそう呼ぶ。そしてそれは紗良の父であるプロレスラー『エル・シシャーモ』の得意技でもあった。

 30メートルほどの高さから勢いをつけて鳩尾を踏みつけられたスキンクマンは悶絶する。その姿を勇は再びビルの外壁に逆さの状態で張り付きながら睨む。勇の広く開いた口の端から伸びた舌で縦長の瞳孔を持つ眼球を舐めた。その動きはまさしく守宮ヤモリのものだ。


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