1ー②



─福井県立恐竜博物館


 勝山市に存在するいくつかの観光スポットの一つが、ここ福井県立恐竜博物館である。福井県は恐竜の化石がしばしば発掘される事から建てられた施設だ。だが、今は深夜の3時である。田舎の真夜中には人影など無い。そして、平和な田舎の夜にあり得ない事が起こった。けたたましく鳴る警報。ガラスの割れた正面入り口から3人の人影が駆け足で出てくると、迎えに来たワゴン車に乗り込む。黒ずくめの格好に目出し帽。そして彼らの一人が持つのは血まみれのバールと盗品を入れたバッグ。血は警備員を殴打した際に付着したものだ。彼らは泥棒を通り越し強盗となった、ならず者達である。


「早く車を出せ」


「解ってる!それより例のモノは手に入ったのかよ」


「ああ、何だか解らんが言われた通りのモノだ。これで俺たちゃ大金持ちだぜ!」


 強盗達が話すモノとは、陶器とも石器ともつかない徳利のような小瓶。それが3本であった。この、何だかよく解らないモノを盗んでこいと素性も解らぬ依頼主から雇われたのだ。所謂『闇バイト』であるが、依頼主はコレを1本一千万円で買い取るといい、前金として気前良く百万もの現金を支払った。報酬の額がそこいらの詐欺や強盗の闇バイトとは文字通り桁違いなのだ。盗品を依頼主に渡す約束の地点まで車を走らせる。警察の捜査を掻い潜るため、偽造ナンバーを用意するなど、強盗のリーダーは用意周到だった。勝山市から福井市を抜け、鯖江市、越前市を経て敦賀市に至り市の外れにある海辺で依頼主と落ち合う算段である。その時だった。ワゴン車は急ブレーキを掛け、停止した。


「馬鹿野郎!何やってんだ!!」


 リーダーの強盗は運転役に怒号を飛ばす。


「ま、前に……」


「何だ!?もう警察が嗅ぎつけやがったのか?」


「フロントガラスの向こうを確認すると、そこにはオフロードのオートバイが1台停車していた。エンジンが掛かり、前照灯も光っているが、運転手がいない。その刹那、施錠しているはずの運転席ドアが強引に開けられた。


「!!?」


 驚くのも束の間、運転手はシートベルトごと何者かに無理矢理引きずり降ろされたではないか。ロック済みのドアを、シートベルトで固定された成人男性を力任せに動かすその力は人間の成せる業ではない。慌てて降車する3人の強盗達。その視界に映ったのは一人の人間……と思われる形のモノ。その傍らには先ほど引きずり降ろされた運転役が気絶した状態で転がっている。


「盗んだモノを置いていけ」


 バイクの男が発した声はフルフェイスヘルメットの奥からくぐもって聞こえる。それは若い男のものにも、おどろおどろしい何かにも聞こえた。


「ふ、ふざけんな……俺たちがどんな思いでコレを手に入れたと思ってやがる」


「テメエに三千万も出せるんかコラ!!」


「今更一人殺すくらい、どうって事はない。お前ら、やっちまえ」


 怯える者、激昂する者、冷静を保つ者、強盗速の反応は三者三様だった。強盗達はリーダーの命令に従い二人が男に襲いかかる。一人目は持っていた70cmほどのバールを両手で把持し、振りかぶる。男の着衣は革のジャケットにデニムのボトム。バールでの一撃に耐えられそうなのは頭部のフルフェイスくらいだろう。しかし、男は強盗の振りかぶった手の握り部分に自らの左掌底を当て、止めた。振りかぶった段階で持ち手を止め、振り下ろす動作を封じる。そして空いた右拳で強盗の鳩尾みぞおちを突く。人間離れした膂力で殴られた強盗は関絶し、くずおれた。しかし、その隙を狙いもう一人の強盗がサバイバルナイフを構えて襲いかかる。


「!?」


 男の両手は倒れる敵を支え、両足は地に着いているしかし、ナイフを構えた強盗は頭部に打撃を受け失神したではないか。冷静だった強盗のリーダーも、その光景を目の当たりにしては冷静を保ってはいられなかった。ナイフ強盗を襲った打撃の正体は、男の腰のあたりから伸びた鞭状のもの……それは"尾" であった。 我々ヒトには無い部位であるどころか、男の尾は細かい鱗と小さな沢山の棘に覆われており、哺乳類のものではない。


「ば、バケモノ……」


「ああ。化け物だよ、私たちは。お前らの盗んだものは私のような化け物を生み出す。だから渡すわけにはいかん」


 男は強盗リーダーには目もくれず、ワゴン車の中央に積まれた鞄を掴む。強盗リーダーは恐怖に苛まれながらも考える。何故だ、大金が貰えるからと飛び付いた。闇バイト……そこまではいい。だが、こんな化け物に襲われるなんて聞いていなかった。盗んだ品も目の前で化け物に奪われようとしているではないか。やめろ、報酬は俺のものだ!


「!」


 男は自らに向けられた殺意と、金属と火薬の匂いに気付き強盗リーダーの方を向く。その殺意と匂いの正体は拳銃であった。銃口からマズルフラッシュが瞬く寸前に男は伏せるように倒れ、弾丸を避けた。その際、手にした小瓶の内1本を落としてしまう。そして、強盗リーダーはそれを拾うや否やワゴン車の運転席に乗り込み発進させた。


「……まさか拳銃を持っているとは…ただの半グレではなかったか」


 男はバイクに跨がると、先を行くワゴン車を追う。辺りに転がっている3人の強盗は殺していない。じきに警察が来て片付けるだろう。それよりもを追わなくては。の手に渡らぬ前に。


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