第20話  暴走女王

 ジンジン痛む頭と尻をさすりながら、先程までの痴態を誤魔化すように軽く咳ばらいをした女王は、軽く服の裾を払いながらすくっと立ち上がってにっこり笑うと、

『よく帰ってきましたね、ヴィー。外でのお勤めご苦労様でした』

 何事も無かったかのようにヴィーに向かってねぎらいの言葉をかけた。

 そんな女王に、妖精達が冷たい視線を向けていたのは言うまでもない。

 急に威厳を醸し出そうとも、決して誤魔化されない妖精達なのである。

 ヴィーはそんな妖精達に苦笑しながら、

「ただいま戻りました、女王様」

 生真面目にそう言うと、ピシッと腰を折り頭を下げ礼をした。

『うんうん、立派になったねえ』

 満足そうな女王だったが、そんな二人を見た妖精達は、いつまでも成長しない女王に呆れていたのだが、あえてそれを口にはしなかった。

 空気が読める妖精達なのだ。


 型通りの挨拶が済むと、妖精達は次々とヴィーに声を掛けた。

 女王ほどではないが、やはりみんな久しぶりの仲間の帰郷は嬉しいのだろう。

 ちょいちょい顔を見せる妖精のエルは別として、人種であるヴィーはそう簡単に帰って来れないのだから当然だろう。

 そもそも妖精達は、妖精の花園から外に出る事はほとんど無い。。

 生まれてから死ぬまで、この妖精の村の中だけで生活をしているのが大半だ。

 なので、永らく顔を見ない仲間と再び顔を合わせるという事自体、とても稀なのである。

 顔を見なくなるという事、即ちそれは死を意味しているのが、妖精達の常識なのだ。

 だからこそ、みんなこの瞬間の訪れを喜び、声を掛けるのである。

 そもそも風変わりな妖精だったエルは、昼夜問わず一人で過ごす事も多かった。

 裏の事情を暴露すると、村の妖精達にとってエルは、割とどうでもいい存在だったから声を掛けてない…という面もあったりする。

 実は、エルは隠れボッチだったのは、ここだけの秘密だ。 


 一頻り妖精達との会話を楽しんだヴィーは、スキップでも始めそうなぐらい上機嫌な女王に手を引かれ、村の最奥にある女王の住む家へ向かった。

 家と言っても立派な屋敷というわけではなく、気の枝葉や葦などを緻密に編んで作られた壁と天井があるだけの小屋だ。

 赤子の頃からつい最近まで住んでいた、ヴィーには懐かしい家だった。

『さあ入って入って~』

 ご機嫌な女王は、草で編まれた扉を開けてヴィーを中に招き入れた。

 普段、喜怒哀楽をあまり表に出さない落ち着いた性格のヴィー。

 だが、久々にかいだ懐かしい我が家の匂い…主に草木の匂いだが…に、自然とその顔には笑みが浮かんだ。

 エルは暴走女王からヴィーを守らなければと、変な使命感に燃えていたので、おまけでヴィーの頭に乗ってついて来た。

 しかし村の入り口での一幕を鑑みれば、爆走女王を止める事など能わぬのは明白なので、単にヴィーと居たいだけなのだろう。

 家の中は土足厳禁となっており、扉をくぐったヴィーは、そこで靴を脱いだ。

 良い香りのするゴザが敷かれており、その上に置かれた草を編み込んで作られた平たく丸いクッションを手元に引き寄せ胡坐をかいて座ると、女王が家の奥から山盛りの果物を持ってきた。

『ヴィー君、ご飯まだでしょ? 食べて~』

 そう言って、ヴィーの前へと皿を置いた。


 妖精種の村では、肉はほとんど手に入らない。

 全てを拒む死の森が獣すら通さないからだ。

 年に数度は花園に渡り鳥が迷い込んでくるのだが、それを上手に狩れる様な妖精も居ない。

 元々妖精種は妖気を吸収しエネルギーとしているため、食事を摂る必要はない。

 果物や野菜などを食べるのは単なる趣味・嗜好であり、彼らの内臓は摂取即エネルギー変換出来る高性能な物なので、その小さな体躯からは想像できないような量を食べる事も出来る。

 いくら食べても胃にも腸にも溜まらないのだから、それも当然。

 ただ、妖気を堅田に留めておく量にも限界があるので、必要以上に食事をする事は無い。

 一切の食事をせずとも排泄物だけは普通に出るので、妖気=食料で、胃腸を通して妖気を摂取しているのかもしれない。 

 汚い話ではあるが、ちゃんとトイレもある。

 消臭石によって臭いも抑えられる、優れたトイレだ。


 色々と残念だった女王も落ち着いてきたので、エルと3人で和やかに食事を摂りながら近況を話し合っていたが、食後のハーブティーを頂く段になって、女王は真剣な顔でヴィーに尋ねた。

『それで手掛かりは見つかった?』

 ヴィーが、この妖精の村から出た理由の一つである探し物について、女王は切りだした。

「それがさっぱり。まあ、仕方ないことだとは思うし、焦ってはいないけどね」

『そう…残念ね。私もマイラフにそれとなく調べさせたんだけど、こっちも手がかりはまだ見つかってないみたい』

 ヴィーが住む国の最高権力者が公的機関を使い、国中を調査して目当ての情報が手に入らないのであれば、やはり国に手がかりは無いのかもしれない。

「いいよ母さん。そんなに焦ってるわけでもないしね。それに僕はナイト・オブ・フェアリークーンなんだから、この国から遠くに離れるわけにもいかないしさ。手がかりが見つかったって、遠くなら諦めるよ」

 強がりではなく、本心からヴィーがそう言っていると感じた女王は、ぎゅっと力一杯ヴィーを抱きしめ、

『ヴィー君かわいい…ヴィー君かわいい…』

 と、頬ずり頬ずりまたもや暴走しはじめた。

 

 今の今までヴィーの横で赤く丸い果実と格闘していたはずのエルは、暴走の兆候を感じ取るとダッシュで逃げた。

 思った通り、暴走女王に対して、エルは何の役にも立たたなかった。

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