第13話  アホの子勇者

 頼んでいたギルドへの報告や、妖精の村の様子を聞きながら歩くと、やがて簡素な木で出来た柵に囲まれた村へと着く。

 ヴィーもエルも、誰にも止められる事も咎められる事も無く、そのまま歩いて村へと入った。

 そう大きくもない村なので、普通に歩いていても小さな池を背にするヴィーの家になど、すぐにたどり着く。


 我が家に入るため扉に手を掛ようとしたヴィーは、ふと中に人の気配を感じてその手を止めた。

(…これは…)そう思いながらもゆっくりと扉を開けると、居間の小さな暖炉の前の床に敷いた、森オオカミの薄緑色の毛皮の上で大の字で気持ちよさそうに寝ている少年がいた。

 いや、ヴィーもまだ少年の域を出ない年齢ではあるが、そのヴィーよりもさらに年若い少年という意味だ。


 ヴィーは足音を立てずその少年に近寄ると、わき腹をつま先でちょんちょんと突く。

 少年は「ぅひゃー!」と奇妙な声をあげ、ビクッ! としながら跳び起きた。


「何してんだよ、ソブロム 」

 ヴィーは呆れながら少年に問いかけると、

「何って、遊びに来たんだよ! ヴィーもエルも久しぶりー! 」

 ソブロムと呼ばれた少年は、ニパッと笑い嬉しそうに笑いながら答えた。

 そんな少年を見たヴィーもエルも、心底呆れたという顔を隠そうともしなかった。


「お前は、西の国境付近に出たドラゴン討伐に行ってたんじゃなかったのか?」

「もう終わったよ。だから遊びに来たんだ 」

 確かギルドでドラゴンが西の国境付近に飛来したとヴィーが聞いたのは5日程前。

 国王の依頼(実質は命令だが)で、彼が討伐に出向いたという情報も、その時に聞いていた。


 王都に住むこの少年が討伐の依頼を請け、王都を出発し国境付近まで移動するだけでも3~4日はかかる。

 ドラゴン討伐にどれだけの人数が参加したのかは知らない。

 しかし、普通であればとも百は下らないであろう、死をも厭わない屈強な兵が立ち向かう様な相手がドラゴンである。

 そもそも、目的地に着いたからと言って、すぐにドラゴンを見つける事など早々にできるはずもない。

 まずは、情報収集や周辺の探索を行い、ドラゴンを発見したのであれば、しかるべき作戦をたてて対策を施し、そしてやっと対峙する様な強大な敵である。


 それなのに、西の辺境へとドラゴン討伐へと向かっていたはずのこの少年がすでに討伐を終え、向かった先とは真逆の方角であるこの地までこの短期間で来るなど、誰かが聞けば常識では考えられない荒唐無稽な話だと、鼻で笑いそうな話である。

 しかし、ヴィーはこの少年にはそれが出来る事を良く知っていたので、あえてそこには突っ込まない。


「早かったな。で、どんなドラゴンだった?」

 跳び起きた少年に、普段と変わらぬ口調で、装備を外しながらヴィーが訊ねた。

「えっとね、青いドラゴン! たまに水をぶぁー! って吐く奴!」

 その少年は、嬉しそうに討伐したドラゴンの話を始めたのだった。


 前髪をおかっぱに切り揃えた少し赤味かかった茶色の髪と、少し垂れ気味の茶色の大きな瞳が印象的な、少女と見間違うこの少年のお仕事は"勇者"である。

 世間一般の常識というの枠から外れた存在だ。


 勇者ソブロムのドラゴン討伐を労うため、ちょこっとだけ豪華にした夕飯をエルと3人で食べた後、一番風呂をソブロムに譲った。

 ソブロムが風呂に入っている間、ヴィーはエルと翌日の打ち合わせをする。

「なあ…明日は夕方に衛士と待ち合わせなんだろ? 全部終わるのって、下手したら夜になるよな 」

『野営になるかもよ~?』

「そうだな。衛士と捕まえた奴らの足次第だけど、森で一泊しなきゃ駄目かもな 」

『勇者と女王様は、どうするの~?』

 エルの言葉に、ヴィーはう~んと考え込んでしまう。

「ソブロムは放っておいてもダラダラしてるだろうからいいけど、女王様は怖いよなあ。今夜はまだ月の欠けがほとんど無いから、通信できだろうし…あとで謝っておくよ…」

 この後の通信で、妖精女王が盛大に駄々をこねる姿が目に浮かび、ヴィーは特大のため息をついたのだった。

  

「いいお湯だったあ!」

 とてもいい笑顔で風呂から出た勇者ソブロムに、冷却の法具で冷やしておいたヴィーお手製の果汁を手渡すと、一気に飲み干し、

「美味しー!」

 と、少年は嬉しそうに感想を述べた。


 ソブロムは、勇者とはいっても実はまだ13歳の少年である。

 勇者という職業柄、年齢に似合わず結構忙しく討伐などの依頼を請けている。

 いや、請けさせられている。

 まだ未成年のため、貴族位を得るための試験を受けることは適わないが、その王国への多大なる貢献によって、成人後は王より特例で貴族位を与えられることになっている。

 生まれが平民のソブロムにとっては大出世である。

 行く行くは王国の軍を率いる立場となるのは確約されたも同然で、将来の叙爵の話を聞いたソブロムの両親はその場で卒倒したという。

 勇者という職業だけはあって、戦闘能力と継戦能力はピカイチなのだが、頭を使うことはダメダメなので、果たして貴族の日々の業務が務まるのかヴィーは心配になってしまう。

 せめて足し算と引き算は憶えて欲しい。


「ソブロム。明日なんだけどちょっと用事があって出るんだよ。場合によっては泊りになるかもしれない。来るタイミングが悪かったな。一人になるがどうする?」

「そうなんだ。ん~、東3番のギルドにでも行ってみようかなあ。時間つぶしの依頼ぐらいあるでしょ? 明後日は遊べる?」

 勇者なら一般の狩人にとっての命懸けの仕事であっても、時間つぶしにしかならないのだろう。

「明後日かあ…、大丈夫とも言えないな。決まった予定では無いんだが、もしかすると外せない用事が入る可能性があるから、約束はできないな」

 地面を転がりまわり、手足をバタバタさせて駄々をこねる女王の姿が脳裏に浮かんだヴィーは、安易に約束など出来るわけがない。

「わかったあ。んじゃ1回王都に帰るね。ドラゴンの事も報告しなきゃだめだし 」

「は? 報告もせずにここに来たのか?」

「うん。だって王都に寄った、らみんな遊びに行かせてくれないもん。だから直接きちゃった 」

 えへへと笑いながら無茶苦茶な事を言い出した少年の顔は年相応に見えるが、だからと言ってやって良い事と悪い事がある。


「アホか! ちゃんと報告してから来い! 報告しないとお前が失敗したと思って、追加で兵とか軍が出るぞ!」

「だってえ、ヴィーと遊びたかったんだもん 」

 と、プウと頬を膨らます勇者に向かい、

「依頼を受けたら、きちんと報告するまでが仕事だ! そんな事だと、お前のお母さん泣くぞ」

 お母さん発言を受けたソブロムは、うっと唸り、

「すぐ行く報告に行く…」

 と、しょんぼりしながら返事をした。


「ま、風呂も入った事だし、今夜は泊まってけ 」

「え、一緒に寝ていいの!?」

 鼻息も荒く目をキラキラさせた上に、頬を朱に染めて上目遣いでヴィーを見つめるアホの子勇者の頭の上に、

「一人で寝ろ、馬鹿!」

 ヴィーの拳骨が落ちたのだった。


 尚、このアホなやり取りの間、エルは我関せずとばかりに、陽気な鼻歌を歌いながら風呂に向かって行ったのであった。

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