第11話  連絡

 駆け足というほど急いではいない。

 さりとてゆっくりと歩いているとは言い難い程度には早足で、妖精女王は自らの家へと村の中を進む。


 妖精の村の空は、ゆらゆらと揺らめきながら、陽の光を村へと届けていた。

 この妖精の村は、森の奥深くにある湖の底にある。

 村の天井は美しい湖の水である。

 なので、村の中は、昼は陽の光で明るくなり、夜には暗闇に包まれる。

 この村の住民である妖精は、全員合わせても50人を少し超える程度の小さな集まりだ。

 しかも妖精の身体自体が小さいため、村もそう大きくは無い。

 だが、その村の全てを覆う程の水の重量と圧力は、想像を絶するほどである。

 それを支えるために、村は常に巨大なドーム状の結界で覆われている。

 この結界を生み出しているのは、この村の中央に位置する、聖なる妖精樹。

 妖精達の起源ともなる、母なる大樹とも呼ばれている。

 この精霊樹が生み出す結界は、原則光以外は通さない。

 原則とは言うが、何事にも例外があると言う事であるが、それはまた別の機会に。

 

 そんな聖なる妖精樹を見上げながら女王は歩みを進めた。

 そして村の最も奥深い場所にある、人種の物と変わらぬ大きさの家へと着いた。

 樹々の枝葉や草などを組み合わせただけの、家とも言えぬ様な簡素なそこへと女王は入っていく。

 そして、自分が寝床にしている草の束の中に手を突っ込むと、先程他の妖精族の女王と連絡を取った通信の法具よりも、随分と古めかしい法具を手にし、それを起動させた。

 

 人種の王へと連絡をとるために。



 王城の執務室では、日々たまる書類をせっせとオーゼン王国の国王が捌いていた。

 そんな、マイラフ・オブ・オーゼン王は、執務机の一番上の引き出しんも中から、通信の法具が呼び出し音を奏でているのを耳にした。

 この法具は、呼び出し音が契約者にしか聞こえないという、不思議な法具である。

 執務室でコウオウ同様に政務に勤しんでいた執政官や、待機していた部屋付きのメイドの耳には、法具の呼び出し音など一切届いていない。

 なので、マイラフ国王は全員を手振りで退室させた。

 全員が退室し、執務室の扉が閉まったのを確認したマイラフ王は、その後ゆっくりと引きだしから光る法具を取り出し、手を触れて通信を開始した。


『ちょっと早く出なさいよ!』 

「無茶を言うな。しかし珍しいのぉ、女王から連絡とは。何かあったのかな?」

 いきなりの妖精女王の言葉に少しも慌てず通信の用向きを尋ねるマイラフ王。

『森でヴィー君が妖精狩りを狩ったらしいの。一応、エルがギルドにも報告したらしいけど、そっちからもギルドの衛兵さんに引き取りに行く様に言っといて 』


 この王国において、妖精狩りは重罪であり、未遂と言えど同罪であり減刑も無い。 

 そもそも、妖精狩りだという証拠云々を敢て問う事もしない。

 何故なら、この連絡相手が国王にとって最も信用できる相手であるのは勿論、王国が全力で保護すべき対象であり、狩りの対象となっていた妖精達の長であるからだ。

 あと敵に回すと、こんな国など一人で滅ぼす事が出来る相手でもある。

 そんな相手との連絡に、余計な口を挟む様な愚鈍な者が、一国を治められるはずもない。


「ふうむ…何人じゃ?」

 マイラフにとっては、妖精狩り達の生死は問題では無い。

 ただ、連行するにしても、その人数が分からなければ、何人の衛士を派遣すれば良いのか…という問題がある。

『正確な数は知らないわ。でも、ヴィー君の話だと、10人ちょっとかしら。あ、何人か死んでるらしいわよ 』

 それを聞いたマイラフ王は、少し考えた後、

「あい分かった。明日の夕刻までには引き取りに行かせよう。ヴィーには、明日の夕刻にでも、その街道の近くで待ち合わせ伝えてくれ。無論、そいつらはそれまで放っておいても良いぞ 」

『あら、いいの? まだ生きてるのも居るみたいだけど 』

「構わん。どうせ未遂でも死罪じゃ。企てだけであれば重労働刑もあるが、どっちにしても長くは生きられぬ。ならば、森で獣の餌になったところで、結果は大して違わん。そ奴らの身の回りの物を全て回収してくれておれば良い。どうせ依頼人の情報や身元がわかる物なぞ持ってはおらんじゃろうがな 」

 王が一息で不法狩人の処遇などを話した。

『あ、あとねぇ…王国で妖精や妖精石の取引とかあるか調べといて。絶対に妖精が行かない様な森の中で、ヴィー君はそいつら見つけたんだってぇ~』

「なるほど…。あい分かった、そちらも少々時間が掛かるやもしれぬが調べさせよう」 

 マイラフ王の返答に満足したのか、妖精女王は、

『じゃ、ヴィー君に伝えとくね。またね 』

 軽い挨拶をした後、女王は通信を切った。


 通信の法具の光が収まると、マイラフ国王は大きなため息をついた。

(ふむ…妖精狩りか…またどぞの馬鹿が戦争でも始める気か?)

 執務室の天井を見上げたマイラフ王は、生えても居ない髭をなでる様に顎に手を当て考える。

 高価な妖精石を必要とするのは、その多くが広範囲に影響を及ぼす禁呪がほとんどであり、使う相手が他国の者であろうと自国の者であろうと、どちらにせよろくでも無い事を企んでいるのは間違いない。

 まあ今は考えても仕方のない事だと一旦思考を止めると、執務机に置いてあるハンドベルを鳴らしてメイドを呼ぶ。

「とりあえず休憩じゃ。茶を頼む。それと軍務大臣を呼べ 」

 そうメイドに告げると、少しの間も惜しむようにまた書類へと向かいペンを走らせた。

 マイラフ王(41歳)は、シルバーグレイの髪と濃いブラウンの瞳を持つ渋いおじでは様だが、結構な苦労人なのである。

 あと、万年腱鞘炎でもある。


 

 マイラフ王との通信を終えた女王は、今だに花の蜜を舐めているエルの元へと戻った。

『国王が、明日の夕刻にはギルドから衛兵を向かわせるって。だからヴィー君には、夕刻に街道で待ち合わせだって伝えておいて。それと、狩人は身ぐるみ剥いで、その辺に転がしとけばいいって。死んでも構わないって』

 軽い調整で女王は言っているが、その内容は結構辛辣である。

『は~い。それじゃ、すぐ言いに行きま~す 』

 女王の伝言をすぐにヴィーに伝えるため、エルがトンネルの入り口に向けて飛び立とうとすると、

『ちょっと待って! ヴィー君に早く帰ってくるように伝えて! 森がざわざわしてるみたいって言ってたけど、その狩人の事でしょ? もう終わったんだから、明日の夜には帰ってこれるわよね、ね? ちゃんと伝えてよ? 忘れないでよ? きっとよ? きっとだからねぇぇぇぇぇ……』

 すこしウザくなったエルは、女王の話の途中ではあるが、後ろも振り返らず一目散にトンネルに飛び込んだ。

『絶対に言ってよぉぉぉぉ…………』

 トンネルには、妖精女王の魂の叫びが響いていた。

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