第5話  報告

 ふらふらと目抜き通りを飛び切ったエルは、目的地である3階建てのギルド東3番支部にようやくたどり着いた。

 入口のスィングドアの上を通り建物の中へと入ると、丁度空いている受付カウンターまで真っすぐに飛ぶエル。

 そして、受付に座るの小柄な人種の女性の前に降り立った。


 【受付担当 マール 小人種】と、ご丁寧に名前・種族が記載された名札を付けている。

 王国には多種多様な人種がおり、中には見た目の似た他の種族と間違われるのに嫌悪感を持つ種族もいるため、こういった名札を付ける人が居る事も珍しくはない。

 森人種と耳長種、山人種と小人種、犬人種と狼人種などなど、挙げればきりがないほどである。

 こういった名札を付けるのは、無用な衝突を避けるための自衛の為とも言えるかもしれない。


「あら、エルさんいらっしゃい 」

 今、目の前でエルに声を掛けているマールも人種の子供にしか見えない背丈ではあるが、立派に成人している小人種なので、こうして仕事中は名札を付けているのである。

『こんにちわ~。ヴィーに報告っていわれたの。支部長さんいる?』

「ちょっとまってね 」

 マールは、エルの来訪の用件を察したのか、余計な会話は特にせずに、すぐに支部長室へと向った。


 少し待つと、マールがカウンターの奥から手招きしたので、ふわふわ飛んでカウンターを越え、事務室の一番奥にある支部長室へと向かうと、待っていたマールが扉を開けてくれたので、そのままエルは室内に入った。


「エル君、少し待ってください。この書類にサインだけしますから 」

 ブリッジ付きのモノクルを鼻に乗せ、綺麗に白髪を後ろに流し固めた、初老の人種の男性がエルに声を掛ける。

「それまでそこに掛けて待っていてくれますか? マール君、お茶とお菓子をお出しして 」

 エルにソファーに掛ける様に言った後、マールにお茶の指示を出すと、男性はすぐに書類へと目を落とした。


 室内の両の壁は全てが本棚となっており、ぎっしりと本や閉じられた書類などが綺麗に整頓され並んでいた。

 本や書類に使われているのは、古くは獣皮紙であったり、最近の物であれば植物紙の物も並んでおり、室内には少しカビ臭い様な森の中の様な匂いが充満していた。

 エルはそんな壁一面に並んだ本や書類の数々を、ぼへっと見回しながら、ソファーでは無くテーブルにちょこんと座った。

 

 妙に静まり返った室内には、支部長がカリカリと書類にサインをするペンの音だけがしばらく続いていた。

 途中、マールが小さな小さなカップに蜂蜜たっぷりのお茶と、刻んだドライフルーツを皿に乗せて持ってきたので、エルはチビチビとお茶を楽しみ、ドライフルーツを頬張った。


「待たせてしまったね、今日は例の依頼の報告かい?」

 お腹が膨れ、ちょっとぼ~っとしていたエルに支部長が声を掛ける。

『うん。ヴィーと昨日あたったけど、森オオカミのボスは普・通・の・オオカミが大きく育ったのみたい。ちゃんと仕留めて調べたから大丈夫 』

 いそいそとテーブルの上で立ち上がったエルは、胸を張って報告をする。

「そうですか、それは良い報告です。でも森オオカミのボスともなるとかなりの大きさですし、群れも率いていたでしょう。ヴィー君や村の人達に被害は?」

 特に表情も変えず、支部長が訊ねると、

『みんな怪我もしなかったよ 』

 そんな支部長の様子など気にも留めず、にっこり笑ってエルが答える。

『もしもの時は、私とヴィーがいるからね!』

 元気いっぱいのエルの言葉に、今度はにっこり笑った支部長が、、

「そうですね、お二人が居れば安心です。では本部へはその様に報告しておきましょう。お疲れさまでした。引き続き森の警備をお願いします」

『依頼完了?』

 エルが小首を傾げながら問うと、

「はい、今回は完了です 」

 少し頬を緩めた初老の男性は、今回は…の部分に微妙に力を込めてそう返した。


『あ! ヴィーがまだ森がザワザワしてるから、野盗がいるかもしれないって見に行ってる!』

 支部長の言葉にかぶせ気味に、エルが追加報告をする。

「ふむ…それで今日はヴィー君がいないんですね。わかりました、野盗を見かけたら報告してください。討伐できるならそれでもいいですが、無理はしないで結構ですからね 」

 執務机から立ち上がった支部長が、足音も立てずに出入り口へと向かい、その扉を開けながらエルへ返答した。

 その支部長の言葉に神妙な顔でエルが頷くと、支部長は満足そうに出入り口の扉を開けた。

 ふわっと扉へ向かい飛び上がったエルは、小さく支部長に手を振りながら『ばいばい』と言うと、扉を通り事務室へと向かい部屋を後にした。


 エルを見送り扉を閉めた支部長は、「野盗…ね 」と呟きながら、ギルド本部へと報告するため、支部長専用の法具を起動させた。

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