第2話  ただいま

 森での戦いの後、ヴィーと青年達は獲物である森オオカミを村まで運んだ。

 戦いに参加していたのは、ヴィーを含め7人。

 いや羽の生えた少女“妖精種”のエルを含めれば8人か。


 森オオカミとの戦いは、昼頃からほんの2刻程であったが、獲物を解体し不要な部分を処理し村まで戻った時には、もう夜の帳が下りようとしていた。


 簡素な木の柵で囲まれただけのその村に住むのは、老若男女合わせて43人。

 家も18軒しかなく、畑もそれぞれの家が耕している小さな物しか無い。


 なのでこの大量のオオカミの肉は、この村にとって貴重な食糧である。

 また、週に1度来る行商人が、毛皮や牙に爪といった素材を麦や塩・砂糖などと交換してくれるので、これもやはり貴重な財産と言えた。

 

 ヴィーは分け前を貰うと、村の一番は外れの小さな池の畔にある家と戻った。

 簡素な木造の家ではあるが、寝室と居間と倉庫の他に、台所や便所だけでなく風呂まで完備しており、少年の一人住まいとしては十分すぎる程であった。

 

 そんな家の扉をヴィーが開けると、今まで肩に座っていたエルがふわふわと家の中に飛んでいき、リビングのテーブルの上にペタンと座り込んだ。

「エル、疲れたか?」

『疲れた~ 』

 エルの返答にヴィーは微笑むと、今夜の晩飯分だけをテーブルに置き、残る分け前を手に倉庫へと向かった。

「じゃあ、晩飯までのんびりしてろ 」

 少年がテーブルの上に居る妖精に掛けた言葉は、すでにうつらうつらとしていた妖精の耳には届かなかった。


 半刻ほど後、野菜とオオカミ肉の簡素な塩味のスープと、自然発酵の薄い小麦粉パンを持ってリビングに来たヴィーは、テーブルの真ん中で大の字で寝ているエルを指先で突っついて起こす。

「メシだぞ」

『うぁ~ぃ…』

 のろのろと起き上がり、妖精であるエル専用の皿とカップの前に座ると、その小さな口であむあむとパンとスープを頬張り始めた。


 当たり前だが、妖精は体も小さいので食事量も少ない。

 ヴィーの1/5程のパンとスープを平らげると満足したのか、また少しうとうとし始めたエルを、ヴィーはそっと両手で掬い上げた。

 そのまま妖精を揺らさぬ様に、そっと歩いて風呂場へと向かう。


 食事の用意と並行して沸かしていた風呂は暖かな湯気を上げていた。

 そんな湯船から暖かな湯を桶に汲んでやると、エルに声を掛ける。

「今日は森に入ったんだから体ぐらい洗ってから寝てくれ」

 そうしてエルを桶の前に降ろして、小さなエルでも出入り出来るように、風呂場の扉に少しだけ隙間を開けて、ゆっくりと扉を閉めた。


 扉の前にエルがいつも用意しているお着換えセットの入った袋と小さなタオルを置いたヴィーは、リビングで狩りで使った弓と矢と鉈の手入れを行う。

 弓と弦に異常がないか、矢が折れてないか、矢じりが欠けてないかを注意深く点検していく。矢は消耗品ではあるが、造るにも手間も時間もかかるので、回収した矢が問題無ければまた使う事が出来るので、点検は慎重にする必要がある。

 今日は矢も全部回収できたし、乱暴に扱いもしたが弓も弦も問題がなかった。

 通常であれば矢柄や矢羽などに損傷があり、交換や修理などを要することもあるが、そのまま使えそうで安堵した。


 ヴィーの弓は長弓と呼ばれるもので、森の中など障害物の多い場所では取り回しが難しく敬遠されがちであるが、好んで使っている。

 また弓幹が貴重な聖霊獣の角と鉱物によって作られた物で、力自慢の男衆でも弓を引くことが難しい代物であり、その弦はやはり聖霊獣の腱を縒って作られた物を引き絞った頑強な物で、刀と打ち合っても切れることもなく、また獣の毛皮ぐらいであれば断ち切ってしまうほどの代物なので、扱いに慣れていなければ自らの手や耳といった部分が切れて大怪我をしてしまう様な危険な物であった。


 森オオカミのボスに止めの一撃を入れた鉈は、ヴィーにとってそう大事な物ではないのか、血脂を丁寧に拭った後、刃が欠けていないかを確認して軽く研ぐに止めた。

 

 一通り弓・矢・鉈の手入れが終わり片付けを始めたころ、ふらふらと寝間着を着たエルが飛んで来た。

『あがったよ~ 』

 と言うエルの目は半分閉じかけていた。

「ああ、先に寝とけよ 」

『うん…おやすみぃ…』

 そのままふらふらと、エルは自分の寝床にしている居間の梁の上に置いてある籠の中へと飛んで行った。

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