徒然なる母の

織山 紗和

第1話 著名人一家の実情

 著名人の夫と結婚し、一女を設けた十数年前。一見すると、著名人と結婚する人=モデルみたいなキレイな人や、釣り合いの取れる肩書きがあるような人と見られがちだが、私はただのド底辺。当時の夫が私につけたあだ名は、その名も【ぶたさん】…で察して欲しい。故に、絵になるような夫婦ではない。現に、今でも【妻の顔】は世に出ておらず、ネットで試しに検索してみたが、私の顔は出ていないのだから。


 夫が私と知り合ったのは、有名になる遥か前。TVの話でジェネレーションギャップを感じるほどの年齢差があったのを、付き合い始めてから知って愕然とした。『はらたいらに三千点』が通じないと知った時の衝撃は凄まじく、そこまで実年齢差があるのだと驚愕するほど、夫の容姿は、私には大人に見えていた。

 そんな夫とは、いわゆる【糟糠の妻】だったから結婚できたようなものだ。


 ほどなく、娘が生まれた。夫に瓜二つな娘。

 私と似ているのは、歩き方と声、そして歯並び。あとは全部夫のコピーと言ってもいいくらい、とにかく気持ち悪いほど良く似た父娘。

 おかげで、私はいつもアウェーに立たされる。


 新型コロナウィルスが流行し始めた頃、夫はだんだん帰らなくなった。私は、その何年も前から、夫が外泊を繰り返しても何も言わなかったから、たかを括っていたのかも知れない。実際、夫は過去に某マスコミに書かれ、バッシングされたこともあるし、ネットの裏サイトみたいなところにも、女性関係が絶えず書き込まれたこともある。でも、何も言わなかった。

 どこかの綺麗なオンナノコのお宅に転がり込んでいるのか、それとも別宅を借りているのか、本当にコロナ対策で家を出たのかは知らない。あえて聞きもしないし、知ろうとも思わない。

 そんな自由すぎる夫とは、仲がめちゃくちゃ悪いわけではない。たまにメッセージのやり取りもする。まぁ、必要に駆られてする業務的なメッセージに、一言二言余談を書き込むくらい。


 ぶっちゃけると、夫は、地球に留まっているだけまだマシだと思っている。そのくらい、歯止めが効かない人なのだ。何かに従うのが苦手な人なだけに、免停を喰らったのも一度や二度ではない。この時、出た言葉は『法律ってそんなに偉いの?何で守らなくちゃいけないの?』だった。私は我が耳を疑い、聞き返すところだった。

 こんな時、私がガミガミ言っても逆効果なので『違反講習を受けている人の中に、貴方のファンがいたら面白いね』と言ったら、話が決着し、以後、免停になることはなくなったが、相変わらず、更新してもゴールドにはならない。

 そう、夫は、そもそも世の中の常識が全く通じない【宇宙人】そのものだからだ。


 故に、頂き物のお礼状やお返しも、全部私がひとりでやる。

 ローン・光熱費などの公共料金等を除いた、ひと月15万の生活費で、それらを賄う。私は夫の給与を触らせてもらえない。年間、数千万も入ってくる夫の収入。最近、それを知ったのは、所属の会社から届いた源泉徴収票。【親展】の文字のないものは、暗黙の了解で開けて良い事になっている。年収はもっと少ないと思っていたから、色々な意味で心が折れた。


 夫はたまに、財布を失くしたり、置き忘れたり…で、しょっちゅうクレジットカードやキャッシュカードを止めるので、公共料金が落ちず、払込用紙が送られてきて、私が生活費の余金から補填する。だから、普段の15万の中に、私の小遣いなどは存在しない。

 テレビで観る、幸せで、華やかな暮らしをしている著名人とはかけ離れた家庭像と家計…それが我が家の実情。私が自分のために買っているものは、コツコツと貯めたポイントでゲットしたものか、私が不定期で働き、稼ぎから捻出してゲットしたものばかり。


 最近は、フリマサイトでしか服は買わない。先日、4年ぶりにスニーカーを買った。前の靴は買って数年…騙し騙し接着剤を付けて直していた靴底が完全に剥がれ、両足とも街中で三層構造と化したからだ。その場に居合わせた、ママさんバレーをやっている知人が、白のテーピングを持っていたので拝借し、甲の部分をぐるぐる巻いて家まで履いて帰り、すぐ捨てた。

 新しいスニーカー…もちろん、それも私のポケットマネー。冠婚葬祭や御礼を年柄年中出していたら、靴を買うために余っている金なんて存在しないのだ。


 雨風凌げる家があり、何かしら食べられるものがあり、服がある…それだけマシな方なのか。

 既に、考える力が衰えている。


 夫婦関係調整調停(円満)をしたら、大金ゲットだぜ!ともなるが、離婚にならない限り、そこまでは望んでいない。歪み合いになるのは目に見えている。


 …だって、貯金大好きな夫だもの。(さわを)


 そうとは言え、時々、綺麗なブランド物を身につける夫の仲間の奥様方を見ると、少しだけ、惨めになる。ブランド物は欲しくないけど、もう少し、豊かな暮らしがしたい、と。


 だから、私は夫の話をすることにした。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る