第19話

クゼの言葉を契機として、脳裏に米国での生活がちらつく。友人、と言えるかどうかは怪しいけれど、と言える仕事仲間なら、数人いた。


「その友人、というのは、どなたでしょうか?」興味本位で尋ねる。しかし、相手からは「それは、ちょっと。お相手には、こちらがそうと分からぬ形で、ヒアリングをしておりますし」と濁される。まあ、予想通りの答えだ。


「あの、このお電話は、いわゆるヘッドハントの類でしょうか?」


「それに近いものです。厳密には、雇用契約を抜きにして、直接、貴方に仕事を依頼したいのです。ごくごく私的なものですが、謝礼は十二分にお支払い出来ます」


つまり、業務委託で働け、という訳だ。


「しかし、どうして私に?資金に余裕があるならば、それこそ大手の会社で、短納期かつ高品質で業務を完遂出来るのでは?」


「有りていに言えば、面倒を避けるためです。それに出来る限り、内密にしたい。必然、貴方のように身軽で、人柄も信頼を置けて、仕事も確かな人物が真に適切なのですよ」


どうやら相手は、こちらが現在、宮仕えの身ではないことも調べ上げているようだった。


余談ながら、こういった個人への依頼は、珍しいことは珍しいが、皆無ではない。特にプログラマーは、腕一本とパソコンだけで出来る仕事なので、工数さえ掛ければ、大手企業が作るプログラムと大差ないものが出来上がる。


いや、膨大な社内調整、根回しなどの手間と心理的負担を鑑みれば、もしかしたら、(私のような突出した能力を持つプログラマーであれば)個人での業務の方が、パフォーマンスは高いかもしれない。自惚れを承知で、そんなことを思う。


「もし、依頼をご快諾頂けるのであれば、相応のお金を前金で、お支払いすることも可能です」


クゼは、まるでこちらの懐事情を見透かしているかのような台詞を吐いた。その瞬間、私の心が動いたことは、言うまでもない。しかし、いきなり金を持ち出すあたり、いかにも怪しい。期待感と同時に若干、不信感がにじむ。


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