第13話 後ろ盾その二

 英国は立憲君主制であるが、王族の範囲は明確に定められてはいない。そしてその中には、王子・王女の身分を与えられていないが王族に準じた扱いを受けている人物がいた。


 いま現在、アキトの前で微笑んでいる人物がそうである。マクラレン・フィルは貴族称号を持たない海軍少佐。王位継承権は十七位とそれほど高くは無い。

 エディンバラ公の孫に当たるが、表に顔を出すこともなく軍に奉仕していた。


「初めましてだね。君に会いたかった」

 マクラレン・フィルと名乗った海軍少佐に笑顔で握手を求められた。

「こちらこそ、お会いできて光栄です」

 差し出された手を握り返して、以外に手が柔らかいことに気が付いた。

 滲み出る気品が高貴な身分を表しているが、どちらかと言うと軍人より学者が似合いそうだ。


 型どおりの挨拶を交わした後、マクラレンが切り出した。

「僕は潜水艦乗りでね、君の論文は実に興味深い。出来れば詳しく教授されると嬉しいよ」

 そういえば、日にまったく焼けてない。

 その目は興味深そうに俺に注がれていた。


 軍人相手に、ちょっと苦手だなと思った。


「企業秘密もありますので、すべてとはいきませんが、それで良ければ」

 俺は久々の王族を相手に緊張気味していた。もちろん、過去には……と言っても前世での話だが、普通に王宮に出入りはしていた。

 警戒もしている。俺はこの世界に来て、どうも軍事的な物に忌避感があるようだ。


「ははは、緊張しなくても結構だ。少なくとも僕は味方になりたいと思っている」

 俺を気遣う辺りは、どこまでも優しげに見える。前にもこんな人物がいたな。

 そして、笑顔の裏で……。


「あら? 成りたいじゃ無くて、成る必要が有るじゃ無いのかしら?」

 アイラが笑いを含めて釘を刺す。

 この辺りは流石としか言えない。


「もちろん国益を考えればその通りだよ。でもね? 僕個人では、たとえ国に反してもアキトを取るね。それくらい凄い」

 本音をわずかに見せているであろうが、この場ではすべての言葉は駆け引きである。

 それでも油断はできない。


「私に取ってもそうですわ。将来ウインストーン家の、当主に成る可能性も考慮してくださるとなお宜しいかと」

「はあ?! って! 聞いてないから!」

 アイラは、さりげなく爆弾発言を、しれっとかましていた。

「うふふ、だから可能性って言ったじゃない?」

 からかう口調だが割と本気そうだ。

「未来のウインストーン卿か! それは良いね、英国として歓迎するよ」

「ふふふ……」

「あはは……」

 俺は、蛇とマングースの闘いを見ている気分でため息を吐いた。


「そろそろ本題に入ろう」

 マクラレン少佐は、あっさりと切り替えに入った。

「個人として君に出資しよう。割合はそうだな……影響力を行使出来る程では無いが、無視も出来ないくらいが良いだろう」

「具体的には?」

「全体の十%くらいが妥当だな。ウインストーン家はそれより多くても良いだろう」

「アキトが五十一%で、残りを貴男と我が家では他所から不満が出そうね?」

「その辺りでは提案がある。アメリカを巻き込みたい。のけ者にすると本気で攻撃されるからね」


 案としてはこうであった。

 全体の過半数をアキトが持つ会社を設立する。現状で英国に設立された、アキトの会社とは別の法人だ。

 同じくしないのは、基幹部分の核のブラックボックス状態を崩さないためである。


「生命線だからね? それと大江商事の問題も考慮した」

 五年間の独占的販売権を持つ大江商事は、核の販売代理店的地位にいた。他社が核を販売する場合に、それが障害となってくるのだ。

「そこで船の様にアキト君が直接売る形で、我々はそれを加工するだけとする」

 特許に関わる部分をアキト自身の販売として、あくまでも二次加工であると言い張る形を取る。苦しい部分もあるが……。資本の大部分はアキトなのだ。





        ※




 午後の穏やかなティータイム。英国式を楽しみながら三人で話を続ける。

 落ち着いた雰囲気の中、マクラレンが座りなおした。


「議会が難色を示していてね」

 マクラレンは、英政府が発表したエネルギーの中長期計画について説明をはじめた。


「政府は、エネルギーの安定供給を目的に原子炉を最大八基建設し、原発比率を一六%から二五%に引き上げる事を考えている。そして原子力も含めた電源の比率を六割ほどから九五%に引き上げることも可能だとね」

 英政府は、需要の急増や不安定な世界情勢に伴うエネルギー価格の高騰を受けて計画を策定した。

 英国はロシア産原油の輸入を止め、天然ガスもその後早期にゼロにするという。

 英国の総需要に占めるロシア産比率は高くないが、同国産の化石燃料に依存しなくても安定供給が確保できる方策に舵を切ったのだ。


「ロシアと手を切るのですか?」

 俺はちょっと驚いた。

「うむ、これはかなりの機密を含む話になるので、詳しくは説明できないが、どうもロシアで何かが起きている」

 それ以上は教えてくれなかったが、ロシアが揺れているらしい。


「そこで、新たな発電施設を建造してほしい。国防上の観点から原発は不安が大きい。わが国には原賠制度があるからね」

 英国の原子力施設法には原賠制度が定められている。これは基本的原則である無過失責任、責任集中、責任限度額、賠償措置、国家補償などが網羅されてた。

 責任限度額は一億四千万ポンド。賠償措置額も同額となっている。

 重要なのは、免責事由は戦闘上の敵対行為に起因する場合に限られており、自然災害に関してはいかなるものも免責とはならないのだ。


「戦争ならどうにかなっても、テロの場合はちょっとね」

 マクラレンは触媒理論を使った大規模発電施設を建造したいと俺に説明する。テロの被害が出ても二次災害の恐れがないのが理由だ。


「わかりました。その方向で協力しましょう」

 俺は少しだけ安心した。どうしても、相手が軍人だと兵器としての利用が頭から離れないのだ。

 前世で兵器に近い役割だった魔法使いの俺だ、安っぽい倫理観などこれっぽっちも持っていなかった。

 それなのに、何故かこの世界に生まれ直してから、戦いにかかわるのが嫌なのだ。

 だから商人として過ごしているいまが、心地よかった。


 その日の会談では、大まかな部分が話合われ詳細は後に決められた。

 俺は英国で基盤を作ることが出来たことに安心していた。

 後ろ盾の存在と資金の手当も済んで後は前に進むだけと思っていた。


 でも世界は俺を楽にしてはくれなかった。





        ※



 その影響はNYから始まった。


 古い歴史を持つニューヨーク・ディリータイムズの社説は、アキトを非難する論調で書かれていた。

『独善的な発明の行方』と題された記事は、アキトの持つ特許技術の世界利用に付いて書かれていた。

 記事の中では、人類の抱える問題を解決する手段として触媒理論が取り上げられており、環境と資源の両方が解決できるとしている。 すべてを公開しないアキトを『自己利益のみに執着する日本人』と非難し、技術は人類のために使われるべきと締めくくっていた。


 もっとも知識有る人なら署名記事の人物が、特定業界の意向を受け記事を作ると知ってたであろう。

 だが大衆は不幸なことに何も知らなかった。

 センセーショナルな記事ほど大衆の心を掴む物は無い。意図した通りに動き出していく。





「酷い記事だ」

 満面の笑顔で手にした新聞を机に戻した男。

 言葉とは裏腹に機嫌が良いのは嶋山幸夫だった。日本の政治家で、念願の政権交代を果たした人物である。

 現在は内閣総理大臣と言う権力の頂点に立っていた。


「風が吹いて来たかな?」

 最近支持率が下がる一方で行き詰まった彼は、環境問題に手を出した。

 失政続きの中で珍しく海外で評価された嶋山インテンスは、思いつきながら自尊心を大きくした。


 ところが以前リップサービスで米軍基地に触れたときは、反応の大きさに「本気じゃ無かったのに! どうして?」などと辻褄合わせに苦労していた。

 話に付き合わされている秘書としては、もう少し言葉に出す前に考えてくれ! と思っているが口に出す事は無い。


「これに書いてある通り、触媒理論は人類の財産だね。一個人が独占するのは良く無い」

 記事の意図を見抜けず、書いて有るままの結論に賛同する。

「日本で生まれた技術だ! これは日本がリードするべきかな? うんうん、そうしよう」

 当初アメリカで発表された論文なのだが、頭の中では日本発と成っていた。


 特にアキトはアメリカ国籍も持っているのに……。


「ぜひとも会いたいから至急手配してくれ! なーに、私が頼めば簡単だろう」

 どこから自信が湧いてくるのか? 頭を割って見てみたいと思って居る秘書は、早速動き出した。

「これで支持率は安泰だ!」


 幸せそうな嶋山幸夫であった。





        ※





 そして、東京の築地では緊急会議が開かれていた。ここを東京本社とする朝毎新聞では、編集委員と論説委員が議論を繰り返している。

 ニューヨーク・ディリータイムズの社説をどう追随するかの検討である。

 もっとも主題は、いかにミスリードするかの議論なのが朝毎らしかった。


 こうして世論は間違った方向に向かおうとしていたのだ。




        ※




「排除は完了しました」

 良くある町中の貸しビル。ごく有り触れた外資系商社と言った所に見えるが、働く人員はすべてCIAに雇われていた。


「ご苦労。引き続き監視してくれ」

 答えているのはアメリカ本国から送られてきた東洋系の男である。

「中国、ロシアに続いて今回は韓国ですね? もっとも企業の雇った産業スパイ辺りなのか、手間が掛からなくて助かりましたけど」

 見た目は普通のどこにでも居るような中年のオヤジだが、会話は普通では無かった。

 カウンターテロまで対処できる一級のエージェントは、何時ものように小さな町工場の監視に入る。


 彼らはアキトの工場を監視していた。本国からの指令は刺激をしない監視と調査が最優先で、邪魔をする者の排除も許可されていた。


「しかし……日本の企業を俺達アメリカ人が守る必要が有るんですかね?」

 モニターを覗きながら同僚にぼやく。

「さあ、本国が何を考えているか知らないが、命令には従うだけさ」

「まー、何でも良いんですけどね。そういえば、相手はアメリカ国籍も持ってるからおかしく無いんですよね?」

「そうだな、ステーツで生まれたって聞いたな」

「でも……。この間の連中はCIAの奴だったじゃ無いですか? なんで身内でドンパチやってるんです?」

「ははは! そりゃ、上に聞いてくれ。まー命令の出所が違えば任務も違うさ。おっと! また誰か来たな! ナンバーを照会しろ! 偽造だとは思うがな! がははは!」



 こうしてアキトが守られているのを、もちろん本人達は知らなかった。

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