第5話 そして動き出した

「それで今後どうされるのですか?」

 手持ちぶさたな美枝が暇そうに聞いて来た。一応パソコンは置いてあるが、やる仕事は何も無いのだから暇である。


「うーん……そうだな」

 今後か……。さて、どうするかな? 

 そろそろ魔力も切れるころだ。工場は大騒ぎしてるだろう。そうなれば打てる手は……。


 腕を組んで考え込むアキトは、自然に眉間にしわを寄せて唸っていた。

 それをめざとく見つけた美枝は口元をだらしなく開いていたのだが、幸いアキトは気がつかない。

 だがさりげなく着ている服は、スカートのスリットを広めに開けてある。中には何時見せても良いように毎日勝負下着だった。


 やっぱり、彼女もアキトを守る会の会員だった。


「まず会社を設立しましょう。銀行と証券会社の方は、大江商事に関係のないところを選んでください」

 美枝がすばやくメモする。夏希は証券会社を検索していた。


「先月廃止された工場ってどうなってますか?」

 アキトが沙月に聞いたのは、先月赤字のために売却が決まった工場だった。


「ん、工場? えーと……残務の整理でまだ誰か残っていたと思うけど」

 総務課にいた沙月は記憶を確かめながら答える。

 そこは創業から続くちっぽけな工場だった。


「買収は可能かな?」

「金額にもよりますけど可能です。名義自体はすでに変わっていますから」

 会社のお金に絡むことで、美枝に勝てる人材はいない。出入りの不動産屋だが、押しつけた様な物件で買い手は中々いないだろう。

 よし! 動こう。


「そうか、じゃ買収してください。出来れば僕の名前はまだ出さないで」

 俺はあっさりと決めると、後は任せたとばかりに再びパソコンに向かう。頭の中にこれからのアイディアが一杯浮かぶ。


「わかりました」

 突然の指示にも動揺することなく、美枝は与えられた仕事をこなしていく。



        ※



 明石早苗は突然の呼び出しに怒っていた。



「まったく会社も勝手だよ!」


 それも無理は無い。勤続三十年のベテラン工員であった彼女は、中学を卒業以来、結婚もせずに仕事に打ち込んできたのだ。それが先月工場の廃止と共にリストラされたのだから。


 彼女も四十六とはいえ、子供を産んでいない身体は崩れてはおらず。ストレスをエステで発散させていたため、見た目は三十代で十分通る美女だった。


「あら? アカネさんたちも来てたの」

 閉鎖されたはずの工場の食堂に集められた集団は、一緒に解雇された仲間達だった。

 ざっと見て三十人ほどいた。


「お久しぶり! 早苗姉さん」

 あちこちから挨拶の声が掛かる。

「いったいどういう集まりなんだい?」

 どうやら集まっているのは女性だけの様だ。

 普段偉そうにしていた、課長などの男性陣の姿は見えなかった。

「さあ、私たちも知らないの」

 そう、アカネが答えたときに声が聞こえた。


「えーと聞いて貰えますか」

 いきなり一人の少年が立ち上がり声を掛けだしたのだ。


「誰なの、あの子は?」

 早苗が回りに聞くが誰も知らないようだ。

 この工場は子会社の一つで、末端の社員がアキトの顔を知らないのは無理もない事である。

「ちょっと可愛いわね」

 早苗は線の細い少年を見つめて溜息をついた。工場に働きに来る男たちと違って、どこか繊細で神経質そうなアキトは好みのタイプだった。

「うん、可愛い弟って感じ。ふふふっ、姉さんの好きそうな子ですね」

 それを知っているアカネが笑った。


 少年は、食堂に集まったみんなの顔を確認するように眺めると一つ息を入れる。


「僕は先日まで大江商事の社長をしていた、焔アキトと言います」


 怒号が上がった。

 騒がしくなったのは当然で無理もない。誰もが生活があるから仕事をしていたのだ。それを会社の理屈で失った。

 その当事者の社長の登場だ。たちまち不満の声が響き渡った。

 口々に非難の声が飛び交う中、アキトは収まるのを待って話し始めた。


「すみません、みなさんに負担を押しつけたのは申し訳無いと思っています」


 アキトは真摯に話しかける。心を込めて。罵声を浴びても丁寧に、現在の自分の状況を根気よく話しかけた。


「勝手ですが、それでもみなさんの力が必要なんです」

 何時しか静まりかえった中で、アキトの声だけが聞こえていた。

 怒りに燃えていた人も、真剣な表情でアキトの話を聞いている。

 引き込まれていた。アキトの話す一言一言に反応し涙ぐむ人までいる。


 会場は妙な熱気に包まれながら静まりかえった。


「……良いわ、協力してあげる」

 早苗の声が聞こえたときにそれは熱となった。


 感極まって泣き出す人がいた。大声で隣に話しかける女性の姿が見えた。伝わったのだろう。アキトの熱意は共感に変わった。


 もっともこの場に男性がいればどうなっていたかは分からない。



「ありがとう」


 上目遣いで礼の言葉を伝えるアキトを見て早苗は誓った。

(この子は私がいないと駄目なのよ!)

 だがそれはこの場にいた全員が思った事でもあった。



 その日からアキトたちは動き出した。


 株式会社HOMURAの誕生であった。




*********


短かったので、連続で更新しました。

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