第3話「いいねとネットの闇」

「お兄ちゃん! フォロバを必ずすると書けばフォロワーが増えるのではないでしょうか?」


 我が妹が画期的なことに気付いたとばかりにまた馬鹿げたことを言い始めた。俺はあきれて声も出ず、そっと『さえずり』のスマホアプリを起動してダイレクトメッセージ一覧を見せてやった。


「なんですか? ママ活? !?!?!? これは一体なんですか? お兄ちゃんはそういう活動に精を出していたんですか!?」


「ちゃうわ、こういうメッセージが飛び交う業界ってことだよ。あと見せたDMは全部詐欺だろうから無視してるぞ」


「ひぃ!」


 美月が小さく悲鳴を上げる。この程度で悲鳴を上げていてはSNSなんてやっていけないぞ? まるで無菌室で育った生き物のような反応をあげる妹の姿はむしろ珍しくさえある。普通の人は即詐欺だなと気付いてスパム報告するなりブロックするなりするからだ。なお俺は面倒なのでどちらもやらず無視を決め込んでいる。


「こ……こんな世界があるんですか?」


「ああ」


 アレでなかなかピュアな妹には俺のアカウントの通知欄は少々刺激的すぎたらしい。何しろせっふれ募集だの恋人募集だののスパム垢が大量にリストに突っ込んでくるからな、その通知が大量に入っている。こんなものは詐欺なので一々反応しないものの、こうして定期的に胡乱なリストに放り込まれているということは引っかかるものもいるのだろう。俺には到底理解不能だが我が妹のように世界が平和であると信じて止まない人間には真偽の判断がつかないのだろうな。


「お……お兄ちゃん、こんなものが大量に来ていますがどう処置しているんですか?」


「あ? 無視に決まってんだろ、こんなものを一々相手にしてたら命がいくつあっても足りんよ」


 当然だろう。俺はこんなものを信じるにはあまりに世間ズレをしてしまっている。ネットなんて詐欺と違法の大海原だというのに今さら相手なんてするかっての。


 しかし現在のようにスパムが大量に来るようになったときには困惑したものだ。どこかからアカウント情報が漏れたのかと不安になってしまったくらいだ。その程度には驚いたが人間は金の匂いのするところによってくるんだなと気づきを得てからそっと無視して気にしない程度には慣れた。


「お兄ちゃんの話を聞いていると何を書けばいいのかさっぱり分からなくなりますね」


「そこは案外いい加減で大丈夫だぞ。例えば料理の写真だったら量産されている食器にコンビニ飯をぶちまけて美味い美味いって言っておけば特定も出来なければ炎上もしないよ」


「そんなもの映えないじゃないですか! 夢が欠片もありませんよ! もっとネット上で輝きたいじゃないですか」


 美月はそんなことを言っているが当然のことを言っただけなのに何故そんなに驚いているんだ? そもそも美月は『公子』という名前でアカウントを作った時点で何が飛んでくるか分からないだろう。そういった有象無象や海千山千の強者たちと腹の探り合いや時折罵倒を飛ばす会話をするのが醍醐味だろう。『さえずり』に輝きなどと言うものを求めるのが間違っている。輝きたいなら『ペースブック』でもやればいい、あちらには胡散臭いレベルで輝いているインフルエンサーが多いぞ。


「では俺が一つバズる料理を見せてやろう」


「え? お兄ちゃん料理なんてできましたっけ?」


「バズる料理と美味しい料理はまったく別なんだよ」


 それだけ言って二人でキッチンに移動する。俺は冷凍庫から冷凍うどんをとりだし、棚からレンジで温められるタイプのレトルトカレーを取り出す。二つをまとめてレンジに入れて加熱準備をする。レンジの中を写真に撮ってからスタートボタンを押して加熱し、丼の中にアチアチのうどんを入れて上からレトルトカレーをかける。そしてコメントに『カレーうどん作った』と付けてアップロードした。


「お兄ちゃん、このクソみたいに手間のかかっていない料理とも呼べないものがバズるんですか?」


「口が悪いな……料理なんていかに省力化するかがいいねの数を左右するんだよ。手間暇かけたキラキラ料理は『民スタグラム』に送られてるよ」


「それでいいんですかねえ……?」


 ピコン


 俺のスマホに通知が来る。いいねが一件か、大したことはないが一個だけでももらえたなら儲けものだ。何を書こうが読まれもしないときはあるからな。


「いいね一つですか……」


 美月は不満そうだが実際そんなものだ。一回の中学生がそう簡単にはバズらない。そうそう上手くいくなら俺だって苦労や心労はしないよ。


「こんなものだ、美月もなんか面白そうなレシピがあったら考えてみろ」


 そう言うと美月は熟考しだした。こういうのは考えて導き出すようなものではなく安直な発想の方が受けるのだがな。


「そういえば母さんが昨日作ったお味噌汁がありますね。ご飯にそれをかけて料理と言い張るのはどうでしょう?」


「悪くない発想だが少し安直だな。美味いコメントをつけられればいいねが来るかもな」


「コメントですか……」


 言いながらご飯をレンジに入れて軽く温めてそれを丼に入れて味噌汁を温める。それから沸騰手前までいくらか考えて、温まった味噌汁をご飯にかけてスマホで撮った。


「『完全栄養食ができた!』って書いて投稿してみたんですがいいねが付きませんね……」


「まあありきたりなコメントだからな」


 俺は料理に詳しいわけではないが、美月はコメントを考える力が無いようだ。なかなか教えられない技術だし、これは考えて閃くしかない。天才は一パーセントの閃きがあって初めてその才能を発揮するのだ。


 ピコン……ピコン……ピコン……


「お兄ちゃん! 結構いいねが付きましたよ!」


「え……? なんで? ちょっと写真を見せてくれるか?」


「どうぞ」


 そうして差し出された美月のスマホの画面には、丼とそれを持つ手が映っていた。


「これは……性別バレしたな……写真の手が男のそれとは明らかに違う」


「そんなもの分かんないでしょ?」


「分かるんだよなぁ……」


 脳天気な妹にどう言っていいのか分からず俺は削除しろと言えなかった。

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