大きなおにぎり

彩霞

前編

 残暑が残る、秋の始まりのころ。

 紗那絵さなえはお昼の時間になると、黄色地に小さなひよこの絵が沢山プリントされているお弁当包みを開くや否や、大きなため息をついた。


「どーした、紗那絵。なんかがっかりしてない?」


 同じクラスの友達である綾香が、自分の弁当を出しながらすかさず聞いた。


「いや、おにぎり小さくしてっていったのに、ひいばあがまた同じサイズで作って来たから恥ずかしくて……」

「どれー?」


 するともう一人の友人である新菜にいなが、紗那絵の前に広げられたお弁当包みを見た。そこには、ソフトボールくらいあるラップに包まれたおにぎりが、これでもか! という存在感を醸し出しながら二つも載っている。

 新菜はそれを見ると「これは確かにビックサイズだね……」と、驚き呆れながら言う。小柄で食の細い紗那絵が食べるには、大きすぎるということだろう。


 同意する新菜に続いて、一緒に見ていた綾香も頷いた。


「うん。私らの拳より大きいよ。コンビニのおにぎりと比べると……二回りは大きいか……?」


 二人の話を聞いていて、紗那絵はまた大きくため息をつく。


「小さくしてって言ってもこのサイズなんだよね」

「じゃあ、自分で作ったら?」


 新菜のもっともな指摘に、紗那絵は言葉を詰まらせる。


「うっ……そうなんだけど……朝は苦手なんだよぉ……。それにいつも給食なのに、弁当の日だけ早く起きるなんて無理」

「じゃあ、しゃーないな」


 あっさりと言われ、紗那絵は下唇を突き出して唸った。


「むー……」

「そもそも、なんでひいばあが紗那絵の弁当作ってんの? 春にお弁当を持ってきたときは、こんなにおにぎり大きくなかったじゃん」

「春はお母さんが作ってくれて、部活はおばあちゃんが作ってくれてたからちょうどいいサイズだったの。でも二人とも働いてて最近忙しくなってきたから、大体は家にいるひいばあが作ることになったんだよ」


 綾香の質問に、紗那絵はおかずが入っている方の弁当箱のふたを開けながら答えた。こちらはミニトマトや卵焼き、アスパラガスの肉巻きなど、色とりどりの美しいおかずたちがきれいに詰められている。


「へえ、そうなんだ。ねえ、ひいばあって幾つ?」


 新菜が何気なく聞く。紗那絵はそういえば曾祖母のはっきりとした年齢は分からないなと思った。


「えー……、分かんないけど、多分九十近いと思う」


 すると二人は同時に驚いた。


「マジ?」

「すごっ!」


 綾香たちの反応を見て、自分の家では当たり前だが、世間一般では九十歳近い人が朝早く起きて弁当を準備することがすごいことなのだと、紗那絵は今更ながらに気づく。


「まあ、そうだね。でも、すごい元気だよ」

「そりゃあ、元気じゃなきゃこんな大きいおにぎりは作れんわな」

「なんか、ご利益ありそう」


 新菜と綾香の素直な感想に、紗那絵は笑う。


「何もないよ。普通のおにぎりだって」


 するとそのとき、教室のなかに会議をしている担任の代わりとして、教育実習生が入ってきた。


 今の時期、学校の先生になるため、母校であるこの学校へ実習に来ているらしい。五人いるが、そのなかの雪乃先生は、女子もほうっと惚けてしまうような美人なのだ。

 彼女が教室に入ってきて、ざわめき始める。みんな雪乃先生と一緒にご飯を食べたいのだろう。


 だが大きなおにぎりを見られたくない紗那絵は、おにぎりをひよこ柄のお弁当包みに隠した。こんな大きなおにぎりを見られたら、ものすごく食い意地が張っているように見えてしまうからだ。

 だが、それを見ていた新菜がちょっと意地悪に笑った。


「何で隠すのさ」

「だって恥ずかしいんだもん」

「そんなことしてたらお昼の時間終わっちゃうぞ」


 そういって、隠していたおにぎりを顕わにされる。


「やめてって!」


 その声が思いのほか大きかったらしい。雪乃先生はもちろん、クラス中の視線が紗那絵に集まり、言われた新菜は目をまん丸に見開いて硬直していた。


「あ、違くて、その……」


 慌てて弁明しようとすると、雪乃先生が紗那絵のおにぎりを見て「わぁ! 大きい!」と言って笑った。彼女に見つかってしまったら、紗那絵に集まった教室中の視線がおにぎりの方に向けられてしまう。そしてこれを見た女子も男子も、今後紗那絵をからかうに違いないと思った。


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