吸血鬼に拾われた話

@kasumi_roro

第1話 女狐の悪戯

みな、よく集まってくれたねぇ」

 

 豪華絢爛な広間に集められた老若男女。

 その者たちの視線の先には、その見た目からは似つかわしくない状態の女が横たわっている。

 名はヴィクセン・ツェペシュ。若々しい容姿に反し、年齢は1000に迫ろうとしている。

 

「お祖母様。我々は何故集められたのでしょうか?お祖母様の状態から察するに、遺産関係なのでしょうが……」

 

 ヴィクセンが発した一言から中々先に進まないことを案じてか、1人の女が口火を切った。いや、早くこの場を去りたかったからなのかも知れない。

 

 何故って、私とて早く帰って、お気に入りの本片手にワインを味わいたいと考えているからだ。誰だってどうでも良いことに時間を使いたくないだろう。それに理由はもう1つ――我々は吸血鬼。

 そこにいるヴィクセンから始まったと言えど、顔を合わせれば憎まれ口を叩き、隙あらば殺してやろうというもの。同族なのだから仲良くやりなさいという、ヴィクセンの言葉に従う者など皆無だ。

 

「そうだねぇ。確かに、私の命はもう直尽きる。だが、今日集まってもらったのは別に遺産どうこうという訳でも……いや」

 

 何を思いついたか、ヴィクセンは持っていた紙を側仕えの男に手渡した。さらにその男に耳打ちをすると、ニヤリといたずらっ子の様な笑みを浮かべた。

 

「今日お前たちに集まってもらったのは、死ぬ前に皆の顔を見ておきたかったからだったが、面白いことを考えついてしまったよ」

 

 面白いこと。

 そう言われて嫌な予感がしたのは私だけではあるまい。常日頃から吸血鬼の繁栄を願い、兄弟姉妹たちが安全に暮らせるように尽力してきたとしても、彼女もまた吸血鬼。その性質は残忍で狡猾。何が始まるのか分かったものでは無い。背中に冷や汗が伝うのが分かる。

 

「私たち吸血鬼は他の種よりも優れた能力を持つ。そこに疑問を抱く者などこの場には居ないだろう?だが、それと同時に弱点も多い」

 

 ビッと、ヴィクセンが持つステッキが振るわれた。

 その先には、先程口火を切った女がいる。

 

「は、はい。仰る通り、十字架、日光、香草、杭、川、銀。ぱっと思いつくだけでもこれだけ出てきます」

「ああ、そうだねぇ。他にも細かいものがいくつかあるが、一先ずはそんなところだ」

 

 今更何故そんな事を答えさせたのだろうか。この場にいる者なら誰でも知っていて当然、元い、知らなければ疾うに灰となって消え失せているだろう。

 

「お前たちはこの弱点、克服しようとは思わなかったか?」

 

 当然、出来るならしたいさ。

 だが、克服出来ないからこその弱点。

 優れた能力と引き換えに与えられた負の一面と割り切っている。

 

 私がそんなことを考えていると、広間の隅の方から破壊音が轟いた。

 

「下らねぇ。ンな事出来んならとっくの昔やってる。出来ねえから俺たちのなんだろが。つまらねえ話してんなら俺は帰るぜ」

 

 あれは、歳若い吸血鬼だろうな。

 所作のどこにも品を感じられない。

 考えには納得するが、全く、一体何処の家のものか。

 

「まあ待ちなてる坊。

 その方法が、あると言ったらどうする?」

 

 てる坊と呼ばれて暴れる先の男児は、みっともなく取り押さえられていた。しかし、誰もそんな事に興味を持つ訳もなく、皆、目の前の女が発した言葉を反芻していた。

 

「……ある?弱点を消す方法が?そんなに都合よく?」

「いやいや、都合良くはないさ。消せると言っても全てでは無いからね。せいぜい5本の指で十分事足りる程度に減らせると言ったところか」

 

 それでも、煩わしかった弱点が減ることに変わりは無い。広場のだらけた空気が、まさに凍りつくかのように変わった瞬間だ。

 

「んーんー!この老いぼれの話を聞く気になってくれて嬉しいよ」

 

 ヴィクセンはベットから起き上がり、男から1枚のカードを受け取った。

 

「お前達には、世界中に散らばったこのカードを集めてもらう。以上だ」

 

 

 ……は?

 

 カードを集める、だけ?

 そこに弱点を消す方法が書いてあるというのか?

 いやそんな事はどうでもいい。

 何故今ここで言わない?何故そう面倒な手段を採る?

 

「おい!そりゃねえだろクソババア!知ってんならさっさと吐きやがれ!」

 

 地に組み伏せられた姿でよくもまあずけずけと。

 だが、私とてヴィクセンのやり方には疑問を覚える。

 そんなことをすれば確実に殺し合いに……

 

「んー、それは出来ない相談だねぇ。ほらほら、最初のカードがここにあるぞ?誰も欲しくは無いのか?早い者勝ちだぞ?」

 

 この時私は油断していた。ヴィクセンが手に持つカードは、どうせ手品の如く何処かに飛ばされるものだろうと。後ろにいるケダモノは未だ組み伏せられているのだろうと。

 

 気づいた時には、首は飛び、体はぐちゃぐちゃに切り裂かれていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る