第134話 〖結界〗の力

『ここは……あの果樹園か。懐かしいな』

「そうだよ。あれからも魔法の練習でよく使ってたから魔獣もあんまり居ないんだ」


 夜。孔を抜けたオレ達は、昔、拠点としていた果樹園へとやって来ていた。

 どうやら地底と地上で時差は然程ないらしく、森も暗闇に包まれている。


『結界魔法の練習、だったな。まだちょっとよく分かってねぇんだが、オレは〖制圏〗を広げるだけでいいのか?』

「うん。〖結界属性〗の力は〖制圏〗みたいなものに対して働くみたいだから」


 話を聞きながら移動する。ここで〖制圏〗を広げると植物達が巻き込まれちまうからな。

 〖凶獣〗三連戦とかで成長しているし、今の内に〖制圏〗の情報を再確認しておこう。



~制圏詳細~~~~~~~~~~~~~~~

あなたの〖制圏〗は〖工廠こうしょう〗です。

工廠こうしょう〗内では全ての物が武器に変わります。


追加効果:『鋭利』『堅固』『軽快』『収束』『(空欄)』(NEW)


 候補一覧

名匠 作製される武器の性能に補正。

量産 武器作製時、武器の作りやすさに補正。

鋭利 武器の鋭さに補正。

鈍刀 武器の鋭さに逆補正。

堅固 武器の強度に補正。

脆弱 武器の強度に逆補正。

軽快 武器の重量を軽減。

重厚 武器の重量を増加。

好戦 武器所有者の戦闘意欲に補正。

鎮静 武器所有者の戦闘意欲に逆補正。

技巧 〖ウェポンスキル〗の性能に補正。

拙劣 〖ウェポンスキル〗の性能に逆補正。

縮小 〖制圏〗の効果範囲を狭める。

収束 〖制圏〗の効果範囲を極小化。

限定 〖制圏〗の効果範囲を限定する。

徴収 あらゆる対象から〖マナ〗を吸収。

指向 効果の方向性を指定可能。

制圧 〖制圏〗の支配力に補正。


識別(NEW) 効果の適用対象を選別できる。

合理(NEW) 武器の燃料変換効率に補正。

非理(NEW) 武器の燃料変換効率に逆補正。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 第一の変化は追加効果枠の増加だ。これで五つとなった。

 それから効果の種類も増えている。


 『識別』は追加効果の適用対象を選べる能力で、自分や味方にだけ強化バフを、敵にだけ弱体化デバフを与えられるようになる。

 『合理』と『非理』は単純な補正能力だな。アーティファクトみてぇな動力を用いる武器において、燃料消費を増やしたり減らしたりできる。


 さて、そうこうしている内に以前練習に使っていた広場に着いた。

 円形の更地だったはずのそこは、さすがは豪獣域と言うべきか既に草木が繁茂していたが、他の部分に比べればまだ密度が小せぇ。

 そしてその中心には月光浴をする大熊。恐らく〖豪獣〗だ。


「グゥオオオォォォッ!」

「どうする?」

『オレがやろう、ちょうど試してぇ武器があるんだ、〖レプリカントフォーム〗』


 体の一部を用い、武器を模倣する。

 現れたのは蛇腹剣。細かな刃が幾つも連なり、二十メートル以上の長大な刀剣を形成している。

 素材は魔獣教が連れて来た巨竜であり、あいつの鋭利な爪や牙が刃となっている。


「グルゥっ!?」

「(竜鋸の初陣だな)」


 その蛇腹剣、竜鋸の威容に圧倒されてか突進して来ていた大熊は進路を九十度曲げ、逃げようとする。

 だが、その判断は遅すぎた。既に大熊は竜鋸の間合いに入っている。


「(そいやっ)」

「ギュォォぅっ!?」


 刃同士の擦れ合う音を響かせ、鞭のような軌道で一閃。熊の巨体をズタズタに引き裂いてしまった。

 竜鋸の最たる能力は防御無視。なんと八割以上も強度を減算できる。


 この能力があるため敢えて切れ味はそこそこにし、切り口をボロボロに出来るようにした。

 オレは倒した大熊の肉体を吸収する。


「相変わらず強いね」

『ポーラも同じことできるだろ?』

「出来るけどそこまで迅速には行かないよ」

『そうか……と、そろそろ始めっか。〖縄張り〗発動!』


 『収束』を外して〖制圏〗を広げる。

 〖マナ〗が波となって広がり、周囲一帯を呑み込んだ。


「うわぁ……前より範囲広がってない?」

『あれから他の〖凶獣〗とり合って成長したからな』

「うんうん、これならいい特訓になりそう。〖エリアエディット〗」

「(っ)」


 瞬間、ゾワリと。冷たい指で背筋をなぞられるような悪寒があった。

 〖制圏〗同士がぶつかり合った時のそれとは似て非なる独特のものだ。


 これはどうやらポーラの魔法によって引き起こされたもののようで、彼女が〖マナ〗を放出するほど強くなる。

 抗うべきかされるがままにしておくべきか迷っている内に、


「う、んんん……ぷはぁ! 駄目だぁ、重過ぎッ」


 魔法を解いたポーラがお手上げとでも言いたげに首を振る。


『重過ぎる、か。オレの〖制圏〗は干渉し辛ぇのか?』

「うん。分厚い鉄扉みたいにビクともしないよ。模擬戦で〖政圏〗弄った時はもっと楽だったんだけど……」

『〖政圏〗は貴族の魔法、みてぇなもんだったか。〖制圏〗と〖政圏〗で性質が違ぇのか、それとも単純な練度の差か……よし、『制圧』抜いて試してみようぜ』


 『制圧』とは〖制圏〗の支配力を高める追加効果だ。

 これを無くして干渉しやすくなるなら、ポーラの感じる『重さ』は支配力の強さってことになるだろう。


「〖エリアエディット〗……うん、今度はさっきより干渉しやすい」

『そりゃ良かった』

「ここを……こうして……こうで……よし、〖エリアエディット・リバース〗!」

『うお!?』


 突如、体が重くなった。

 同時に感じた〖制圏〗を乗っ取られる感覚からすると、『軽快軽量化』の効果を無効化されたのかも──。


『──いや、無効化じゃねぇ……これは、反転させられてんのか……?』

「正解! 〖空間把握〗で視えた効果を逆さまにしてみたんだ。まだ根っこの部分の改竄は難しいけど、周りに付いてるのなら今のアタシでも触れられるから」

『根っこの部分……?』

「うーんとね……こう、物体を変える……武器に変える? 効果のことだよ」

『そういうことか』


 『根っこの効果』は〖制圏〗詳細の初めに記されている武器化効果で、『周りの効果』は追加効果のことだろう。

 武器化効果はオレの意思でも止められねぇし、干渉しにくいってのも納得だ。

 根っこの効果と追加効果の情報をポーラと共有し、それからさらに〖結界〗について掘り下げていく。


『〖エリアエディット〗ではどのくらい自由に効果を変えられるんだ?』

「さっきやった反転の他だと、効果対象を変更したり、効果の強弱を変えたりなら出来そう」

『多彩だな』

「ありがと、でも全く関係のない効果に変えたりはできないみたいだよ。それに効果変更中はずっと〖マナ〗が減っていくし」


 それから追加効果ごとに干渉のしやすさが違うのかや、〖マナ〗消費に違いはあるのかといったことを調べた。

 〖エリアエディット〗の性質を概ね把握し終えたところで、次の段階に移る。


『じゃあ今度は干渉以外も試してみようぜ。自分自身で〖制圏〗を作ったりは出来ねぇのか?』

「と、とんでもないこと考えるね……でもそっか、〖政圏〗だって魔王様の魔法なんだし出来るかも!」

『よし、〖縄張り〗を何回か使うからよく視ててくれよ』


 〖マナ〗を一点に凝縮していくと、臨界点を越えたところで〖マナ〗が減少し出し、周囲一帯が〖制圏〗へと変わる。

 その様子を見ながらポーラも〖マナ〗を練って行き、魔法を使うも結果は不発。


「ごめん、もっかい見せて」

『あいよ』


 しかし失敗にもめげず幾度も試行を繰り返し、さらに何度かの失敗を経て、そして何度かマナフルーツを齧って〖マナ〗を回復した頃──、


「──〖エリアドミネイト〗……っ、つ、作れたぁ……! けど……」

『なんか狭ぇな』


 ポーラから広がった〖制圏〗は、およそ二、三メートルと言ったところだった。

 オレの場合は初期でも十メートルはあったんだが。


「それに、〖マナ〗も割と使うみたい……」


 〖制圏〗は通常出力で広げた場合、秒間でおおよそ一の〖マナ〗を消費する、と伝えてあった。

 だが、ポーラの〖エリアドミネイト〗はそれよりもずっと多くの〖マナ〗を必要とするらしい。


『取りあえずマナフルーツだ』

「あ、ありがとう」


 果樹園で捥いでいたトマト似の果実を渡し、食べ終わったところで感想を聞く。


『で、どうなんだ? 〖制圏〗の力は。オレの場合は〖制圏〗に意識を向けると詳細が見れるんだが』

「……あれ? アタシは見れないよ」

『そうか……。〖縄張り〗から〖制圏〗を覚えるのと魔法で再現するのとじゃ〖ステータス〗上の処理が違ぇのか?』

「分かんないけど……でも〖制圏〗の効果は感覚的に分かるし支障はないかな。アタシの〖制圏〗の空間の刷新みたい」

『どういう意味だ?』

「空間の歪曲とか、断絶とか、そういう空間に刻まれた『変化』を全部消して、元の真っ新な状態に戻すんだよ。アタシ自身が作った『変化』は対象外に出来るみたいだけどね」

『へ、へぇー』


 何か微妙だな、ってのが第一印象だった。ポーラ以外の空間魔法使いが居ねぇ現状、これが活躍するタイミングはあまり想像が付かなかった。

 だが、そもそも〖工廠〗の武器化だってと未だ役立ったことはほとんどねぇと思い直す。


『追加効果は付けられそうか?』

「うん、〖制圏〗を維持しながらでも一つくらいなら出来そう」

『そうか。ならまずはオレの『収束』を真似してみてくれ』


 その後、様々な追加効果をとっかえひっかえしてポーラへと教えていった。

 初めは模倣に苦戦していた彼女も、五つ目くらいからはぽんぽんと覚えるようになり、やがて全ての追加効果を教え終えたところでその日の秘密特訓は終了となった。

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