第4話 初デート(SIDE:空)

 ラクリマ山脈の中腹あたりの山道を、勇者ゼクスと大聖女シエルが歩いている。


 (よし、うまくゼクスのこと、誘い出すことに成功したわ! でゅふふ、イケメン勇者のゼクスと二人きりなんて、デートみたいでドキドキ~)


 シエルは心の中でニタニタしながらも、表情はおしとやかな大聖女のように、微笑をたたえてゼクスの隣を歩いている。


 この世界に転生する前――彼女、『生天目空なばため そら』は、埼玉のド田舎に住む女子高生だった。アイドルオタクの彼女の座右の銘は『イケメン以外に人権はない』で、そこそこモテた彼女に告白してきた男たちは、ことごとくトラウマ級の断り文句を浴びせられて精神崩壊していった。


 そんな彼女にある日、天罰が下った。雷に撃たれて即死したのだ。

 その後、彼女は真っ白な部屋で女神に会い、この世界に転生した。


 ――世界最強の魔力を持つ、として。


 (せっかく異世界に来たんだし、自由に生きないとね~。まずは、私だけのイケメンパラダイスを作るわよ!)


 彼女は大陸の様々な場所を巡り、自分が『推せる』最強のイケメンを探した。


 しかし、エルフや魔族のイケメンを見ても、やっぱり何かが違う。そして、がっくりと肩を落として人間族の王都テスタリアに帰って来た彼女は、そこで運命的な出会いをする。


 テスタリア騎士団の騎士団長であり、女神の加護を受けた勇者、ゼクス。

 その反則レベルのイケメンに、彼女は一瞬で虜になってしまった。


 (ゼクス、私の運命の人はあなたなのね!)


 シエルは彼にお近づきになる方法を三日三晩、寝ながら考え(睡眠不足は美容の敵)、ついに妙案を思いついた。


 (そうだ、私が伝説の大聖女って設定にしたらいいのよ! 私って天才じゃね?)


 勇者と大聖女。これはもう、約束されたカップルみたいなものだ。彼女はいかにも魔女と言う感じの真っ黒なローブを脱ぎ捨て、清楚な青いワンピースを着て、王城に向かった。


 世界最強の魔女の彼女にとって、大聖女だと思い込ませるなんて、お茶の子さいさいだった。


 (プププ、みんな私のことをすっかり、大聖女だって信じてるわね! これで、ゼクスは私のものよ!)


 で、今日。


 (なんか魔王軍のザコがこの山に出没してるらしいし、山頂を調査するって名目で、ゼクスを誘い出しちゃいますよ!)


 彼女の目論見は成功し、ついにゼクスと初めて、二人きりになることができたのだ。


 (やった! あとは、うまくフラグを立てて、サクッと彼との距離感を縮めちゃいますかね。それには……)


 彼女は探知魔法で周囲のモンスターを探知し、右手の森の奥にゴブリンが三人いるのに気付いた。


 (ゴブリンか。強すぎず、弱すぎず、ちょうどいいザコね!)


 心の中でニヤリと不敵に笑い、シエルはちょっとモジモジしながら、ゼクスに声をかけた。


 「ぜ、ゼクス……」

 「うん? どうしたんだ、シエル?」

 「あの、ごめんなさい。ちょっと、お花を……摘みに行ってもいいでしょうか?」

 「あ、そっか。ごめん、気づかなくて……」


 ゼクスはちょっと焦ったようにキョロキョロと目を泳がせた。


 「じゃ、じゃあ、俺はここで待ってるから……」

 「はい、行ってきます」


 (プププ、ゼクスったら、テンパっちゃって可愛いんだから)


 シエルは心の中でニヤニヤしながら、森の中に入り、先ほど捕捉したゴブリンがいる場所にずんずんと進んでいく。


 「おーい、不細工ども。こんな所で何してるのぉ?」


 ゴブリンの姿が見えると、シエルは口に手を当ててクスクス笑いながら彼らを挑発した。


 「何!?」

 「おいおい、なんだお嬢ちゃん、そんなに遊んでほしいのか?」


 ゴブリンが額に血管を浮き上がらせて近づいてきたところで、シエルは大声で叫んだ。


 「いやっ、やめてえええええええっ!!」

 「はぁ? おい、まだ何もしてないだろ!」


 ゴブリンは目を怒らせて、シエルのスカートをめくり上げた。


 「ちょちょちょ! 何すんのよ!」


 シエルは手に持っていた聖なる杖でゴブリンの手を叩き落とし、スカートの裾を抑えて後ずさった。


 (この下等生物! 私のパンツを見ようとするなんて……殺す殺す殺す! って、待て、落ち着きなさい、私。ここで殺しちゃったら、せっかくの作戦が全部パーじゃないの。ここはゼクスに助けてもらうからこそ意味があるんだから、我慢、我慢!)


 と、その時。


 突然、ゴブリンの背後に謎の白髪の少女が現れ、いきなりゴブリンの首にチョップして殺してしまった。


 「えっ、ええええええっ!?」


 (ちょっと、何よコイツ!? どこから出てきたのよ! というか、何を余計なことしてくれてんのよ!!)


 シエルが呆気にとられていると、少女は一瞬で他の二人のゴブリンも殺してしまった。


 「あ、あああああ……」


 (あ、ありえない……最悪だ……マジで何なんだよ、コイツ!!)


 「シエルっ! 大丈夫かっ!?」


 (あっ、ゼクス……やっと来た。てか、遅いんですよ! かくなる上は……)


 「ゼクス!」


 シエルはゼクスに抱きついて、彼の胸に顔を埋めた。


 「こ、怖かったですぅ……いきなりゴブリンが現れて……」


 ウソ泣きをしながら、彼の胸の中でニヤニヤして、くんくんと匂いを楽しむシエル。


 「シエル、すまない。俺が目を離したばっかりに」


 ゼクスが謝りながら、彼女の頭を撫でる。


 (やったー! ゼクスのナデナデGET!! うひょおおお、最高!)


 その時、ゼクスはゴブリンを殺した少女のほうをみて、びっくりしたように叫んだ。


 「スズ!? お前、スズなのか!?」


 (え、ゼクス? この野蛮人と知り合いなの?)


 だが、少女のほうはキョトンとしている。


 「まあ、たしかに私はスズだけど……」

 「スズ、お前もこの世界に来てたんだな!!」


 (うん? この世界?)


 シエルは、ゼクスの言葉に首を傾げた。


 (え、まさか……ゼクスも私と同じ、転生者ってこと?)


 「そうか、やっぱり俺とお前は、運命の赤い糸で結ばれているんだなぁ」

 「「はあああああ!?」」


 ゼクスの言葉を聞いて、シエルと少女が、同時に叫ぶ。


 (赤い糸って……いや、こんな野蛮人と?)


 シエルはゼクスの胸に顔を埋めたまま、二人の会話に集中した。


 「まあ、スズはスズだけどさ。スズ違いなんじゃないの?」

 「いやいや、こんなに可愛いスズが他にいるわけないだろ!」


 (えええっ!? 可愛いって……ゼクスはこんな奴がタイプなの!? 私のほうが絶対可愛いじゃん! おっぱいだけは、負けてるけどさ……でも、女のほうはキョトンとしてるし、きっと勘違いだよね)


 「ちょっと、ゼクス。この人、困ってますよ。この人はゼクスのこと、知らないみたいだし……きっと人違いですよ!」

 「人違い……?」


 シエルの言葉に、ゼクスはちょっと不機嫌そうに彼女を見下ろした。


 (ええっ、なんで私がそんな顔されなきゃいけないの!?)


 と、彼女がショックを受けているあいだにも、ゼクスは少女に話し続ける。


 「最後に会ったのは、たしか新宿のスタービックスカフェだったと思う」


 (なにゅっ!? 新宿のスタビ? じゃあ、このスズって女も、転生者ってこと!? 転生者、多すぎじゃない!?)


 「シンジュク? スター……うん? どこそれ」


 (ぷっ、新宿も知らない田舎者だったか。ていうか、やっぱり人違いだよね?)


 「あの日、スズと別れてから、俺、トラックにひかれて……それでこの世界に転生したんだ。勇者として」


 (でたー、超ベタなやつだ。ゼクス、そうだったんだねぇ)


 シエルが心の中でウンウンと頷いていると、いきなりスズが声をかけてきた。


 「おい、あんた!」

 「……はい? 私ですか?」

 「そう、あんた! この男は、一体なんなんだよ! もしかして頭おかしいのか!?」

 「はあ!?」


 (こいつ……ゼクスをバカにしやがって。お前こそなんなんだよ! って、はっ! いけないわ……私は今、大聖女なんだから。冷静に対応しないと、ゼクスに幻滅されちゃうじゃない)


 シエルは、スズに彼の言っている事が本当であることを説明した。


 「ああ、スズ。この世界ではゼクスって名乗ってるけど、俺は正真正銘、春斗はるとだから、安心してくれ」


 (えっ、ゼクスって向こうでは、春斗って名前だったんだ。春斗って名前もかっこいいわぁ)


 と、その時、シエルはスズの腰に下げられた、真っ黒な剣に目をとめた。


 (あれ……なんかあの剣って……暇なときに読んだ魔法関係の本に載ってたなぁ。そうそう、伝説の魔剣にそっくりじゃん。それに、かすかではあるけど、ものすごい禍々しい魔力を感じるわ)


 「スズさん、と言いましたか。あなたのその剣ですけど」

 「剣?」

 「伝説の七魔剣にそっくりですよね。黒いから『境界の魔剣』だと思いますけど……」

 「魔剣って、呪われてるってこと?」

 「いえ、そんなことはなさそうですけど。ただ、異様な感じはすごくしますね」

 「へえ、あんたは何か感じるの?」

 「まあ、これでも一応、普通の方よりは魔力には敏感なので。大聖女ですし」

 「えっ、大聖女!?」


 (プププ、私が大聖女だって知って、今さらビビってやんの)


 「スズさんは、この剣はどこで手に入れられたのですか?」

 「え、どこだろう。気づいたら持ってたからなぁ」

 「…………そうなんですね」


 (はあ? 何を言ってるのコイツ……嘘つくにしてももっとマシな嘘つけないのかな? まあ、もし本物っぽかったら、そのうち奪えばいいか。こんな猿には宝の持ち腐れだしぃ)


 「なあ、スズ。もしよかったら、俺たちと一緒にテスタリアに来ないか?」

 「「はあ!?」」


 (あ、またスズとハモってしまった……というか、ゼクスは何を言ってるのよ! そんなことしたら、頑張って二人きりになった意味がないじゃないの!)


 「私は行かないよ」

 「そ、そうですよ、ゼクス。彼女には彼女の事情があると思いますし、ご迷惑ですよ」

 「いや、シエル。俺はスズのためを思って言ってるんだよ。なあ、スズ。さっきも言ったけど、この山では今、魔王軍がウロウロしている。お前みたいな可愛い女の子が、一人でウロウロするのは危険すぎる」

 「「……」」


 (まったく、無駄に優しいんだから……まあ、そういうところ、好きだけどさぁ)


 シエルがそう思って心中でニヤニヤしていると、スズはため息をついて、二人に背を向け、森の奥に向かって歩き出した。


 「私は平気だからさ、気にせず二人でデートの続きを楽しんでよ」

 「で、デート!?」


 (ちょっと、あらためて言われたら、恥ずかしいじゃん! でゅふふ~)


 シエルは唐突なその言葉に、耳まで真っ赤になってしまったのだった。 

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