第2話 『遭遇』

 あの時、謎の赤い髪の女に助けられた(らしい)私は、次に意識を取り戻すと、ラクリマ山脈の見慣れた景色の中を歩いていた。


 『いやいや、おかしいだろ』というツッコミが飛んできそうな気がするが――目が覚めたら山の中を歩いていた。それが事実なんだから仕方ない。


 さらに不思議なことに、魔王軍に散々サンドバッグにされ、ボロ雑巾ぞうきんみたいになっていたはずの私の体は、今は何事もなかったかのように、元通りのクール美人の姿に戻っていた。


「ほええ……」


 目覚めてから最初に発した声は、そんな間抜けな感嘆の声だった。

 だって、いくら鬼(半分は人間だけど)の回復力がスゴイとはいっても、あそこまでぐちゃぐちゃにされたら全治1年はかかるはずなのに、今はもうピンピンしているのだ。


 黒い開襟かいきんシャツとホットパンツというお気に入りの服も、トゲトゲメイスでボロボロにされたはずなのに、すっかり元通りになっている。ご丁寧に、ノビノビになった襟首まで完璧に元通りだ。


 まさに怪奇現象。夢みたい。どっちが夢かわからないけど。


「考えてもわからないことを、考えても仕方ないよね~」


 それより、今後のことを考えよう。

 恐ろしい事に、せっかく魔王軍で頑張って働いて貯めたお金は、全部おいて来てしまった。完全に一文無しだ。最悪。あいつら、マジで許さん。


「またこの山で盗賊稼業とうぞくかぎょうに逆戻りかぁ……」


 そう。今、私が歩いているこのラクリマ山は、私の故郷。魔王軍に入る前は、ちょっと名の知れた盗賊だったのだ。


 私の噂を聞いてやってきたゲイルフォンが、いきなりプロポーズしてきて、なんか頭がほわほわ~ってなって、気づいたら魔王軍に入ってたんだ。


「ゲイルフォン……」


 いやっ、ダメダメ~。これ以上、過去を振り返ってたら、辛気臭くなっちゃう。

 これからは、一人でのんびり、誰にも縛られず、自由に生きていくことにしよう。今はやりのスローライフってやつ?


 とにかく、もう色恋沙汰はコリゴリ。私には、性格的に恋愛なんて向いてないんだ。

 そう。まずはちょっと休憩して、それから……。


「あいつら、全員殺してやる……」


 巨大なトカゲがのたうったような形をしたレアルタ大陸の北端、トカゲの左目のあたりにあるから『涙の山脈』なんて呼ばれてる、のどかな辺境の地。


 ここにあるのは、鳥のさえずり、川のせせらぎ。

 うーん、平和だ。


 魔王都からだと(ちなみに魔王都は、トカゲのヘソあたりにある)、徒歩で休まず歩き続けても5日近くかかる距離。と言えば、いかにここがド田舎かということが、おわかりいただけるだろう。


 あれから何日たったのか、今日が何月何日なのかも全然わからないけど、まあ、無職になった私には、もはやそんなの関係ない。とりあえず疲れた。今は、何も考えたくない。


 懐かしの我が家に帰って、ゆっくり寝ようっと。

 そう思って、獣道すらない鬱蒼とした森の中を、家に向かって進んでいた時――。


「いやっ、やめてえええええええっ!!」


 のどかな静寂をつんざくような、女の子の悲鳴。


「な、なんだ……?」


 喧嘩かな~。どうせ暇だし、見に行ってみよう。あわよくば、私も参戦しよう。

 そう思って声の聞こえたほうに進むと、すぐに現場に到着した。


 私よりもちょっと年下っぽい黒髪の人間の少女が、三人のゴブリンに囲まれ、目をウルウルさせている。


「へっへっへ、お嬢ちゃん、この辺は俺たちゴブリンの縄張りだぜ?」

「人間が踏み込んだら、何をされたって文句は言えないからな?」

「うまそうなお嬢ちゃんだ、たっぷり可愛がってやるぜ」


 ゴブリンどもが、口々にそんな気持ち悪いセリフを吐いている。


「だまりなさい! 下劣なゴブリンども……気持ち悪いんですよ!」


 少女は白い杖を前に構えながら、もう片方の手で青いワンピースのスカートの裾を手でおさえ、赤い顔をしてキッと目の前の下等生物どもを睨んだ。


 確かに、あんな無防備な格好でこんな山の中に一人で入って来るなんて、「どうぞ襲ってください」って言ってるようなものだ。


 つまり、自業自得。


「でもまあ、リハビリもかねてちょっと暴れますか~」


 別に人間の娘がどうなろうと関係ないけど、正義の名のもとにゴブリンどもをボコボコにできるなんて、ストレス解消にはうってつけだ。


 私は一瞬でゴブリンの一人に近づくと、首筋にチョップをかました。軽く気絶させるつもりだったんだけど、力加減を間違えたのと、ゴブリンが予想以上にザコすぎたので、勢いあまって首の骨を粉々にしてしまった。そいつは首をブラン、とありえない方向に傾けながら絶命した。


「えっ、ええええええっ!?」


 黒髪の人間の少女が、青い顔で目を見開いた。ああ、ごめん。一般人にはちょっと刺激が強すぎたかも。


「なんだ、テメーは――ぶふぉっ!?」

「ふざけんな、この――ぐへぇっ!!」


 私は他の二人もサクッとぶち殺した。一匹殺しちゃった以上、三匹殺すのも一緒だし。


「あ、あああああ……」


 あまりにも強すぎる私を見た少女は、目を見開いてガタガタと震えていた。あらら。トラウマ植えつけちゃったかも。


 その時、彼女の背後から、一人の青年が走って来るのが見えた。


「シエルっ! 大丈夫かっ!?」


 その青年は、人間の騎士の証である白いジャケットを着ていた。なんだ、ボディーガードがいたのか。にしても、使えないボディーガードだなぁ。


 木漏れ日を受けて毛先が緑色に輝く黒髪、額にバンダナを巻いて、引き締まった体に大剣を背負ったその青年は――。


 ビックリするくらい、超絶イケメンだった。


 ゲイルフォンもまあまあ(田舎の娘の私の基準では)イケメンだと思ってたけど、まったく比較にならない。月とすっぽん。圧倒的な美男子。というか、本当に人間?


「ゼクス!」


 駆け寄って来た青年に、少女が抱きついた。へえ、ゼクスって名前なんだ。名前までかっこいいなんて、神様って不公平だなぁ。


 少女は泣きながら、ゼクスの胸に顔を埋める。


「こ、怖かったですぅ……いきなりゴブリンが現れて……」

「シエル、すまない。俺が目を離したばっかりに」


 ゼクスは本当に申し訳なさそうに、シエルというらしい少女の頭を撫でた。行動までイケメンだな。


 まあ、仲がいいのはいいことだけど、私がいること忘れてませんかぁ。バカップルなんですかね~。


 私がポカーンとしていると、ゼクスはようやく私のほうに目を向けて、「すみません」と頭を下げたが、次の瞬間、そのイケメンの表情は一転、目を見開いて、幽霊でも見たような驚愕の表情を浮かべて私の顔を見つめた。


 え、なに?


 私が不思議に思ってじっと彼の目を見返していると、彼はやっと一言、


「スズ!?」


 って……コイツ、私を知っているの!?

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