第4話 聞き取り

佐々木 のどかと申します。

眼鏡でオサゲ髪の目立たない地味な女、私は客観的に見てもそんな感じだと思います。

古市 明君に告白して四日が経ちました。

けれど彼から何の返答もありません。教室で目が合っても彼はバツが悪そうに目を逸らすのです。

きっと、こんな地味な女に告白されて戸惑っているんでしょうね。

まぁ、当たって砕けろって感じで告白したので、砕けたところで想定の範囲内ですね。


「こんにちは。佐々木さん。」


放課後、私が誰も居ない教室で読書していると、不意にそんな風に声をかけられました。

この人は確か、この間転校してきた古市君の従兄弟さんですね。私と同じぐらい地味な眼鏡男子です。

接点とか何もなかった筈なのに、何故私に話しかけてきたのでしょう?ちょっと怖いので警戒レベルを少し上げておきましょう。


「こ、こんにちは。私に何か用ですか?」


「用って程じゃないけど、少しお話したくてね。」


もしかして新手のナンパ?だとしたら警戒レベルを更に上げたいのですが、まぁ、よく考えてみれば、私みたいな地味な女がナンパされるなんてあり得ないでしょうし、ことさら上げる必要もありませんね。


「話って何ですか?」


「いや何、大したことじゃない。君がどうして明のことを好きになったのかな?って、気になったんだよ。」


「あー、なんだ、そんなことですか。」


「そうそう、そんな些細なことさ。あっははは。」


・・・いやいや、待て待て。この人笑っちゃってるけど、なんでこの人が私が古市君好きなの知ってるのよ?


「な、なんで古市君のことを私が好きなの知ってるんですか?」


「古市君?あーそうか明のことか、何だか紛らわしいから、アイツのことは明くんと呼んでくれないか?」


そうか、この人も名字が古市だった。確かに紛らわしいかもしれない。でも、このタイミングで名前呼びになるのは、なんとも不本意です。

けれども名前呼びしないと話が前に進みそうにありませんね。仕方ありません。


「な、なんで、あ、明君のことを私が好きなの知ってるんですか?」


「そりゃ、息子・・・いや明から聞いたのさ。従兄弟同士だ、恋バナの一つでもするもんだろ?」


「ということは、私が明君に告白したことも知ってるんですか?」


「当然知ってるさ。」


知ってるんかい。男子の恋バナってそんな赤裸々に喋るものなんでしょうか?前例を知らないので、全く分かりません。


「そりゃ親子・・・いや従兄弟同士なんだから、そういう話もするさ。」


「そうなんですか?私は一人っ子ですし、親戚に近しい年頃の子供も居ないから分かりません。」


「ふむふむ、なるほど、なるほど。」


何故か急にペンと手帳を取り出して、メモ取り始めた従兄弟さん。一応、私の個人情報なんですけどね。


「あぁ、すまない。忘れっぽい性格でね。重要なことはメモを取るようにしてるんだ。そうだ、ついでに一つ質問して良いかな?」


質問って改まってなんだろう?なんかこの人たまに大人の凄味みたいなのを感じます。


「何を聞きたいんですか?」


「ズバリ、どうして明のことを好きになったんだい。」


・・・答え辛い質問ですね。これって私は答える必要あるんでしょうか?

多分無いと思いますから断っても良いと思うんです。


「聞いたところによると、明が消しゴムを拾ったことにより君が好きになったと聞いたんだが、如何せん私は恋愛に疎いものでな。そこのところの詳細を教えて欲しいんだ。もちろん、無理にとは言わない。こんな質問された自体が不快だったのなら、腹パンしてもらっても私は構わない。」


構うとか、構わないとかそういう問題じゃなくて、消しゴムの件をこの人が知ってることが嫌なんですよ。なんで乙女の恋の始まりを今まで喋ったこともない男子に知られているんでしょうか?

あー、でも、こうなると、何を知られても良い気がしてきました。

乙女心フルオープンです。


「なら話しますよ。耳かっぽじって、よく聞いてください。」


「おぉ、話してくれるのか。」


目をキラキラさせちゃってまぁ、でもやはり従兄弟というだけあって、ちょっと明君に似てるんですよね。そこも腹立ちますが。

さぁ、それでは話すとしましょうか。


「私って、地味で目立たないですよね。だから自分でもびっくりするぐらい人との交流がなくて、本当に空気みたいな存在だったんです。もちろん今まで友達も一人も居ませんでした。」


「ほぉ、それは興味深い。そこに居るのに存在を人に認知されないとは、君やるね。」


イチイチ癇に障る人ですね。もう無視して話を続けましょう。


「このまま空気みたいに高校生活も終わって行くんだろうなぁと思ってたんですけど、この間、私が授業中に消しゴムを床に落としまして、それを隣の席の明君が『落ちたよ』と言って拾ってくれたんです。それって他の人には普通の行為かもしれないんですけど、私は生まれてこの方、消しゴムを拾って貰ったことがなく、何だか凄くときめいてしまったんです。それから彼のことを目で追う様になってしまって、気づいたら好きになってました。」


「ほぅ。」


てっきり「たったそれだけで?」と言われるかと思いましたが、従兄弟さんは頷きながらメモを取っています。他人には理解されないと思ってただけに意外な反応です。


「それでドンドン気持ちが大きくなってしまって、とりあえず打ち明けないといけないと思い、明君に思い切って胸の内を打ち明けました。結果は多分駄目でしょうけど、告白していくらか気持ちが楽になったので後悔はありません。私から言えることは全部言いましたが、アナタから何か質問ありますか?」


質問コーナーまでもうけるなんて、お人好しだなぁと思う人も居るかもですが、従兄弟さんが後になって再び質問してくるかもしれないので、それならいっそのことココで全部質問してもらったほうが楽なだけです。


「いや特にない。知りたいことは知れたからな。ありがとう、協力に感謝する。缶コーヒーでも奢ろう。」


「い、いえ結構です。」


「そうか、奢って欲しくなったら、いつでも言ってくれたまえ。じゃあ、そろそろ私も帰るか。今日は妻がカレーを作ると言っていたしな。」


なんかナチュラルに【妻】という単語が聞こえてきた気がするけど、イチイチ質問するのも面倒なのでスルーします。どうせ言い間違えでしょうし。

教室の前の扉にスタスタ歩いていく従兄弟さんでしたが、途中でくるりとこちらを向き直し、こんなことを言いました。


「明の返事が遅くてヤキモキしているだろうが、勘弁してくれたまえ。アイツも初めての経験で戸惑っている面もあると思うから、まぁ、気長に待ってくれ。」


「分かりました。」


そうして今度こそ従兄弟さんは教室から出て行きました。変な人で、喋り方といい、考え方といい、とても同年代には思えませんでしたが、明君のことをフォローしてくれるあたり、悪い人では無さそうです。








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