第二章 事件当日
第10話
―――二週間前の事件当日。
馬場雷太の机の上にある電話のベルが鳴った。
馬場は、机に広げたプログラムリストからは目を逸らさずに、受話器を耳に当てた。
「…………七時か、判った」
馬場は受話器を置くと、壁に掛けてある時計に目をやった。
【午後六時四十五分】
窓の外は暗くなり、十一階の窓ガラスには室内の景色が映っている。いつの間にか残暑も終わり、季節は秋へと移り変わっていた。
馬場の勤務している松芝総研株式会社は業界二位のシンクタンクで、本社ビルは横浜市の住宅地の真ん中に位置し、地上二十階、地下一階の巨大ビルである。
その敷地内には、地上三階、地下一階の書店やパン屋などが入るレストランハウスが寄り添うように建っていて、一般へ開放をしていた。
巨大ビル内は、西館と東館に分かれ、その中央にエレベーターホールがあり、高層階用と低層階用のエレベーターが向かい合って、計十基のエレベーターが並んでいた。
補足図:https://kakuyomu.jp/users/shin-freedomxx/news/16817330657932581698
馬場は、その東館十一階の技術開発二部に在籍をしている。
馬場は、コンピュータ部門の仕事を請け負っている、Tコンピュータ社から吉川志季と一緒に出向で来ていた。
馬場の座席の隣は志季の席だが、いまは残業をしている人たちの夜食のパンを買いに外へ出ている。
馬場が参加をしているプロジェクトが、八月中旬ころから架橋に入っていて、いつも午後九時くらいまでは残業をしていた。
ただ最近は不況の煽りをうけて、午後六時以降に残業をする人の数もめっきりと減っていた。
【午後六時五十五分】
東館十三階の流通業務一部に在籍をしている、本郷研次郎は帰り仕度を始めた。
机上のものを全て引き出しに仕舞うと鍵を掛け、足元にある黒い革カバンを持って立ち上がった。
中指で眼鏡を押し上げて、窓に近い机を見ると、まだ課長が経済新聞に目を落としている。
「課長、今日はこれで失礼します」
歩み寄って本郷は、頭を軽く下げた。課長は目だけ軽く上げると、首をコクンと一回下げた。そして、すぐにまた視線を新聞へと戻した。
本郷は、向き直って歩き出し、出入口にあるタイムカードを押した。
【午後六時五十八分】
【同時刻】
三木塚瑛太は、マシンルームのプリンターから回収したばかりのリストを持って、十五階のエレベーターホールで、下へ行くエレベーターを待っていた。
三木塚は、馬場と同じ、東館の十一階に座席がある。
二人は別々の派遣会社から出向できていた。特にお互い話をした事はなかったが、ある女性を通じて、顔ぐらいは知っていた。その女性とは、馬場と同じ会社に勤める吉川志季であった。
志季は、三木塚に好意を抱いていた。三木塚も同様である。しかし、以前から交際をしている馬場は、志季からの別れ話に首を縦には振らなかった。それどころか未練のある馬場は、志季が別れると言うのなら、自分が今までに与えてきた金品のすべてを返せと言った。ブランドもののバックやネックレスなど、全て合わせると百数十万円にもなった。さらに昔二人が付き合っていた頃の、馬場の携帯メモリに保存してある『愛の証』をバラまくと言って脅してもいた。
三木塚はそんな志季を不敏に感じていた。心底可愛そうだと思った。相談を受けているうちに、それがいつしか愛に変わっていった。
【同時刻】
本郷が十三階から8号機のエレベーターに乗り込んだ。エレベーターには一人だけだった。
【同時刻】
志季は隣のレストランハウスで仲間の夜食を買って、外から戻る途中であった。
少しして、ビルの中にチャイムが鳴り響いた。
「ただ今、午後七時になりましたので作業を一時中断して、館内の窓にあるブラインドを全て降ろしてください」
館内放送で女性の声のテープが全館に流れた。館内に残っている人たちが窓のブラインドを下ろし始めた。住宅地に密接しているので、夜の窓から漏れる明かりを遮断するためであった。
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