ジャグリングボール

第11話 ジャグリングボール

『プレイヤーの皆様。ドラコの玩具箱第二ブロック。『ジャグリングボール』へとようこそ』


 七人のプレイヤーは新たなフィールドへと到着した。開けた真っ白な空間の中心には一脚の椅子と、サイドテーブルに乗せられた、子供の拳ぐらいのサイズの黒い三つのボールが用意されている。先のラケット&シャトルと比べると小規模であり、一見するとデスゲーム感は薄い。


『ジャグリングボールのルールは、皆様の知っているジャグリングと大差はございません。三つのボールを、常に一つは空中に浮かんだ状態を維持しつつ、放っては掴むを繰り返して両手の中で一巡させる。これを一度も落とさずに合計十回成功させることが出来ればゲームクリアとなります。ただしこれはデスゲームですので、失敗は即、死に繋がることをお忘れなきよう。加えてこのゲームにはこのような仕掛けも施されています』


 画面がドラコから、サイドテーブルの上の黒いボールのアップへと変わった。そこから三秒後、黒いボールから無数の細く鋭い針が飛び出し、ほんの一瞬、凶悪なウニのような形状へと変わった。


『三つのボールの内の一つからは、三秒間隔で無数の針が飛び出します。仮にどんな強靱な精神力の持ち主であったとしても、掌の中で針が飛び出せば激痛でボールを落としてしまうことは必至ですのでお気を付けください』

「またいやらしいゲームを考えてくれたものね」

「針の餌食にならないよう、そのタイミングで空中に放れってことですね」


 口で言う程、極限状態の緊張感の中でそれを実行するのは簡単なことではない。無個性な黒色で統一されたボールも難易度を上げている。どれが危険なボールだったのかを一度誤認すれば、そこから立て直すことは難しい。


『それでは皆様お待ちかね。ファーストペンギンを決めるルーレットのお時間です』


 胡鬼子の分が減った、七分の一のルーレットが画面に表示され、ドラコの合図と共に回転を始める。参加者達が固唾を飲んで見守る中、失速しはじめたルーレットが一人のプレイヤーを指名する。


『ルーレットの結果、ジャグリングボールでファーストペンギンを務める勇気あるプレイヤーは、御手洗玉永様に決定いたしました』


 画面一杯に映し出された御手洗は唖然とした様子で間抜け面を晒しており、胡鬼子と違い一向に覚悟を決める様子もない。現実を受け止めきれていないようだ。


「ど、どうして私がデスゲームに参加なんてしなければならない! 私は長年ゲームを支えて来た出資者だぞ」

『御手洗様、これが興行であることをどうかお忘れなきようお願いいたします。死の運命に抗う姿は美しいものですが、土俵にも上がらずに喚き散らすというのは精彩を欠きますよ』


 ドラコは口調こそ穏やかだが、その奥に見え隠れする感情は冷淡かつ鋭利だ。直球で見苦しいと断じない言葉選びはエンターテイナーとしてのプライドだろうか。


「し、しかし私は――」

「そのぐらいにしておかないと、俺の経験上、本当に殺されちゃいますよ? そういう人、何人も見てきたんで」


 なおも食い下がろうとする御手洗を士郎が笑顔で窘めると、それに追随して兵衛が威圧的な表情で頷く。多くのデスゲームに参加してきたプレイヤーと、運営の意にそぐわない人間を排除する役目の処刑人の説得力は半端なく、流石の御手洗も押し黙ってしまった。


「心象を悪くして一方的に始末されるよりも、ゲームをクリアして生還する方がまだ現実的でしょう。さっきの胡鬼子さんみたいに奈落の上で飛び跳ねるような危険を冒す必要はない。ジャグリングを十回するだけでいいなら、むしろラッキーでしょ」


 士郎が御手洗に畳みかける。ここで御手洗がごねて強制リタイアにでもなれば、ゲームのデータを取るための駒が悪戯に消費されてしまう。死ぬにしてもせめてそれはデスゲーム攻略の中であってほしい。


「ファーストペンギンが回って来るのは一人一回だけです。ここさえ乗り切れば、後は他のプレイヤーに任せていればあなたはそれで生還出来る。ここが勝負所だとは思いませんか?」

「……確かに君の言う通りかもしれないな」


 士郎の最後の一押しに御手洗は飲み込まれた。死の恐怖に囚われた今、このゲームを乗り切れば助かるという言葉は希望だ。実際問題、今後の脱落者数によってはファーストペンギンを経てもなお出番が回ってくる可能性はゼロではないのだが、今の御手洗にはそこまで思考している余裕はなかった。


「やってやる! やってろうじゃないか!」


 強い言葉で己を奮い立たせると、御手洗は足を震わせながらも中央の椅子へと向かっていった。


『観客の皆様。勇敢なる御手洗様に盛大な拍手をお送りください』


 ドラコは画面をパブリックビューイング会場の歓声へと切り替えた。場を盛り上げることで、いっそう御手洗に積極性を促しているのだろう。


『それでは御手洗様、椅子におかけになり、三つのボールをお取りください。針の仕掛けのカウントはゲームスタートと同時に始まります。開始前は絶対に発動しませんのでご安心ください』


 言われた通りに、御手洗はまず椅子に腰かけたが。


「お、おい。何だこれは!」


 椅子の足と背から金属製の拘束具が飛び出し、椅子と御手洗の体とを密着し固定させた。突然の出来事にパニックを起こした御手洗が必死に体を揺らすが椅子はビクともしない。


『椅子に座ってジャグリングをすることが条件ですので、それを実行するための措置です。両手に不自由はございませんので、ゲームそのものには差し支えないかと存じます』


 有体ありていに言って敵前逃亡は許さないということなのだろう。これで御手洗は否が応でもジャグリングボールを成功させなくてはいけなくなった。


「上等だ! さっさとゲームを始めろ! くそ運営!」


 逃げも隠れも出来ない状況になったことで、御手洗はあからさまに口調が粗くなる。勢いそのままに左手に一個。右手に二個のボールを握って臨戦態勢を取った。動きを阻害しないように、サイドテーブルは開いた床に収納されていった。


『ドラコの玩具箱第二ブロック、ジャグリングボール。ゲームスタートです』


 開始の合図と共に、御手洗は右手に握ったボールの一個を放り、遅れて残る二個も加えて、両手の輪の中で、反時計回りに回し始めた。最初に放った一個が針が飛び出すボールで、三秒間の間に一巡させて、空中に放った状態で針が飛び出す形にする計算だ。


 参加者達は冷静に御手洗の動きを観察している。胡鬼子の時と違い歓声は聞こえない。集中力を必要とするゲームだけに、悪戯に声を出せる雰囲気ではなかった。


「よし。一巡目!」


 極度の緊張感の中にあっても、御手洗は計算通り、一巡目を見事に成功させ、危険なボールを空中に放った瞬間に無数の針が飛び出した。針が飛び出すのは一瞬のため、左手には収まった瞬間には安全なボールへと戻っていた。


 ――私を舐めるなよ。これでも手先は器用な方なんだ。


 リズムを崩さずに回し続ければ五巡などあっという間に過ぎ去る。まだ二巡目だが、成功を確信して御手洗は心の中で安堵した。長年経営者としてやってきたのだ。ここぞという場面での勝負強さには自信がある。

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