ラケット&シャトル

第7話 ラケット&シャトル


『プレイヤーの皆様。ドラコの玩具箱第一ブロック、「ラケット&シャトル」へようこそ』


 八人のプレイヤーは第一ブロックの会場へと到着。そこには長さ二十五メートル、幅十二・五メートル、深さ約二メートルの、水の張っていないプールを思わせる窪みが存在していた。オリンピックサイズのプールの丁度半分のサイズ感だ。それ以外の場所は全て壁となっており、窪みを通過しなければ先には進めないようだ。


「ずいぶんと泳ぎにくそうなプールだ」


 士郎の視線の先には、本来ならプールには存在していない奇妙な物体が映っていた。左右の縁からは互い違いに大きな板のような物が飛び出している。素材は木製で、細い棒に長方形をくっつけたような、アイスバーに似た形状をしていた。根本から先端までの長さは六メートル程で横幅は一メートル程度。対角線上にある板との距離は一・五メートル程だ。そうして互い違いに連なった板が、二十五メートル先まで続いている。


『ラケット&シャトルのルールは至ってシンプル。縁から伸びる板を飛び移っていき、見事にゴールまで辿り着くことが出来ればゲームクリアとなります』


 御手洗と輪花は拍子抜けした様子で息を吐いたが、他六人は眼光鋭くモニターを凝視している。これはデスゲームだ。まさか失敗のリスクがたった二メートルの高さからの落下で済むはずがない。


『ただし、落下が死を意味することになる点には十分ご注意ください』


 ドラコが不穏な台詞を吐いた瞬間、地響きと共に窪みの底が開き、底が見えない真っ暗な奈落が出現した。その深さを知ることに意味はない。ドラコの言うように、落ちれば確実に死ぬ深さであることは誰の目にも明らかだ。


『前述のように、ゲームにはお一人ずつ挑戦して頂きます。誰か一人でもクリアできれば再び底が出現し、安全に向こう岸まで渡れる仕様となっておりますので、クリア後は安心して渡ることが出来ます』


 安心など出来るはずもなかった。間もなくゲームが始まるということは、誰もがファーストペンギンと成り得る可能性を秘めているということだ。


『それでは皆様お待ちかねの、ファーストペンギンを決めるお時間でございます』


 プレイヤー達が息を飲む中、画面が切り替わり、画面いっぱいにルーレットが表示される。盤面は八分割されており、各プレイヤーの特徴を捉えてデフォルメされたイラストが添えられている。


『ルーレットスタート』


 運命の輪が回転を始める。どちらに転んでも美味しいと思っている士郎だけは嬉々として画面を凝視しているが、この時ばかりは胡鬼子や冴子、兵衛でさえも落ち着かない様子だった。やがてルーレットは失速し、完全に停止。一人のプレイヤーに過酷な運命を告げる。


『ルーレットの結果、ラケット&シャトルでファーストペンギンを務める勇気あるプレイヤーは、胡鬼子竜壱様に決定いたしました』

「……僕だってデスゲームクリエイターだ。運命は素直に受け入れよう。初見プレイなんて燃えるじゃないか」


 画面には困惑気味に目を見開く胡鬼子の姿が映ったのが、直後に覚悟を決めて表情を引き締めた。


「災難だったわね、胡鬼子さん」

「お気遣いありがとう。冴子くん。だがこれは裏を返せばチャンスだ。ここを生き残ることが出来れば僕は今後、大きなアドバンテージを得ることになる」


 恐怖心よりも論理的思考が上回っている辺りは、胡鬼子はやはりデスゲームクリエイターだ。一度ファーストペンギンを務めれば、それ以降はリスクに晒さられる機会は格段に減る。


『胡鬼子様、準備はよろしいですね? これよりドラコの玩具箱第一ブロック。ラケット&シャトルを開始いたします』


 画面に「GAME START」の文字が表示され、中継会場が歓声に沸く。


「もしも僕に何かがあっても、そのまま誰もクリアできずに全滅なんて閉まらないオチだけは止めてくださいね。このデスゲーム興行が史上最低のクソゲーになってしまう」

「安心してください。その時は二番手の俺がクリアするんで」

「頼もしいね」


 手を振って見送る士郎へ手を振り返すと、胡鬼子は改めて状況を観察していく。一本目の板は岸から近いので、足を伸ばせば危なげなく乗れる。以降は対角線上一・五メートル間隔で板が連なっている。胡鬼子の身体能力は人並みだが、それでもジャンプで十分に届く距離だ。問題は板の強度。仮にもゲームである以上、飛び乗った瞬間に折れたり、踏み抜けたりするような強度には設定されていないだろうが、着地の瞬間に板がしなる可能性は大いに考えられ、バランスを崩してしまうかもしれない。


「……大丈夫だ。僕がゲームマスターなら、乗った瞬間に壊れるようなつまらない真似はしない」


 他のプレイヤー達が固唾を飲んで見守る中、胡鬼子は一つ目の板に右足をかけた。


 ――強度は十分。予想通りだ。


 さらに左足を一つ目の板の上に乗せる。全体重を支えても板はビクともせず、あえて先端部分に体重をかけてみたがまったくしならない。これは大勢の観客の元に行われる興行だ。派手な死に様ならともかく、一歩目から足元が崩壊して惨めに落下していくつまらない画など、ゲームマスターが思い描くはずがない。流石に板に飛び乗るという攻略に不可欠の行為は保障されているはずだ。デスゲームを企画する側の人間としての思考で胡鬼子は攻略を目指していく。


「一歩目は問題無かったようね」

「一歩目で終わったら拍子抜けですよ」


 素で胡鬼子を心配する冴子とは対照的に、士郎の反応は素っ気ない。その一方でが眼光は胡鬼子の一挙手一投足を見逃さまないと注視している。胡鬼子の動きの全てが重要な攻略情報だ。

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