第2話 二重拉致

「……到着したのか?」


 士郎が意識を取り戻すと、真っ先に目に飛び込んできたのは真っ白な高い天上だった。あの後、当たり障りない会話をしつつ黒服の案内人と行動していたのだが、そこから先、思わぬ展開に見舞われた。どこか地方の山奥まで連れてこられたところまでは覚えているが、バンを降りた直後に、待ち構えていた別の人間に注射で薬剤を注入されてしまい、そこで意識がパッタリと途絶えてしまったのだ。


 直前には黒服の案内人が何やら言い争っているような声が聞こえた。ひょっとしたら黒服にとっても想定外の出来事だったのかもしれない。さながら二重の拉致だが、そんな手間をかける必要性が分からない。これもデスゲームの主催者の思惑の一つなのだろうか。


「スポーツ施設か?」


 寝起きでぼやけた目をしばたかせながら、周囲の状況を伺う。どうやら芝生が敷き詰められたサッカー場に横たわっているようだった。真ん中にはサッカーボールが二個と、二人分のスポーツシューズ。壁や天井は白一色だが、士郎から見て右側面には赤い塗料で大きくと「5F×」と表記されている。ここは五階なのか、そうでないのか、伝えたいことがチグハグだ。反対側、左側面の壁には大きなモニターが埋め込まれている。まるで別会場の模様が中継されるかのようだ。


「何ともおかしな状況だ」


 デスゲーム慣れしている士郎にとって、現在置かれている環境よりも気になったのは、離れた位置に倒れている坊主頭の黒服の姿だった。どこかで落としてしまったのかサングラスが見当たらないが、士郎に接触してきた男に間違いない。黒服の仕事はデスゲームの参加者を会場まで送り届けること。それが参加者と同じ場所に倒れているというのは奇妙だ。


 そんな思考を巡らせているうちに、坊主頭の黒服も目を覚ました。


「……くそっ、あいつら只じゃおかねえぞ」


 黒服から開口一番物騒な台詞が飛び出す。案内役を演じている時は自重しているが、今は素が出ているのだろう。


「お目覚めか。どうして案内役のあんたまでここに?」

「こっちが聞きたいくらいだ。お前を目的地まで送り届けてそれで終了のはずが、突然知らない連中に襲撃されて薬を打たれた。目が覚めたら御覧の有様だ」

「なるほど。あんたにとっても想定外の出来事だったわけだ」


 意識を失う直前の言い争うような声の理由に納得がいった。黒服も騙し討ちを食らって一緒に拉致されてきたようだ。


『積木士郎様。類家るいけ万里生まりお様。お目覚めのようですね』


 突然室内に響き渡った第三者の声。次の瞬間、巨大なモニターが点灯し、異形の人物像が姿を現す。


『本日は新感覚デスゲーム「ドラコの玩具箱おもちゃばこ」へとようこそお出でくださいました。プレイヤーであるお二方を心より歓迎いたしますよ。私は当デスゲームのゲームマスターを務める「ドラコ」と申します。以後お見知りおきを』


 画面いっぱいに映し出されたのは、西洋風の赤い竜を模したマスクを被ったタキシード姿の人物。胸では「dracoドラコ」と刻まれた金属製のプレートが主張している。声はボイスチェンジャーによって無機質に変えられており、本来の声質や感情を読み解くことは難しい。


「一つ確認しておきたいんだけど、俺に招待状を送ったのはあんたか? それともこれは招待状とは別件のデスゲーム?」

『積木様に招待状をお送りしたのは私です。故にこのドラコの玩具箱は、積木様が参加される予定のデスゲームに間違いございません』

「そっか。それなら良かった」

「何も良くねえ! どうして俺までデスゲームに参加させられないといけない」


 語気を強めたのは坊主頭の黒服こと類家万里生だった。ドラコは「プレイヤーであるお二方」と発言している。プレイヤーを連れてくる立場の類家は本来デスゲームの運営側の人間。プレイヤーとしてゲームに参加する謂れなどない。


「類家様は今回、ドラコの玩具箱のプレイヤーの一人としてリストに入っております。荒事の専門家であるあなた様を正攻法で拉致するのは少々骨が折れますので、一計を案じさせて頂きました。まさかプレイヤーを移送中に自分自身が拉致されるなどと、夢にも思わなかったでしょう?」


「なるほど。俺はプレイヤーの一人であると同時に類家さんとやらに対する餌でもあったと」

『さようでございます。積木様に対しては、二重にお連れするような真似をしてしまったことを、心からお詫び申し上げます』

「俺は別に気にしてい――」

「ふざけやがって。今すぐ俺を解放しろ!」


 士郎の言葉を遮って類家が声が荒げる。一瞬の沈黙が流れたが、直ぐに画面から失笑が聞こえてきた。


『今まで多くの人間をデスゲームへと送り込んで来た類家様が、自分の番になった途端に解放しろと声を荒げるというのは、あまりに身勝手ではありませんか?』


 ボイスチェンジャー越しでも分かる、明らかな嘲笑と静かな迫力が宿った言葉だった。正論故に、類家も直ぐには反論できずにいる。


『あなた様も運営側としてデスゲームに関わってきた人間です。助けを求める声がどこにも届かないことはよく分かっているでしょう。プレイヤーとして選ばれた以上、デスゲームをクリアする以外に救済の道はございません』

「くそがっ!」


 類家にはもう、感情的に悪態をつくぐらいしか出来なかった。運営の端くれとして、ゲームマスターに反抗的だったり、ルールを逸脱する人間の末路が処分であることは理解している。


 いつも通り、プレイヤーを指定の場所に送り届けるだけの簡単な仕事のはずだった。週末には娘と遊園地に遊びに行く約束もしていた。それがまさかこんなことになるとは、夢にも思っていなかった。


「話しは終わったかな? そろそろ本題に入ってもらいたいんだけど」


 退屈そうに芝生で胡坐をかいていた士郎が挙手すると、類家はあからさまに舌打ちをした。元々気味の悪い男だとは思っていたが、実際に自分自身もプレイヤーとなった今、その異常さを改めて感じる。これから命懸けのゲームが始まろうしているのに、どうしてこうも平常心でいられるのだろうか?

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