ギャルにあげる『はじめて』は何がいい?

百日紅

『ハグ』でいい?

拝啓 おとうさま


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 人生とは何が起こるか常に分からないものである。


 国語の現代文の授業で、すっかりと頭皮が薄くなってきてしまっている五十代後半のメガネ先生が、おっさんが飲み会で武勇伝を語るかの如く、鼻高々に私たち生徒に説いていた。

 飲み会に参加したことは無いけれど。


 もう一度くり返す。


 人生とは何が起こるか常に分からないものである。


 はて?私は疑問に思う。

 本当にそうなのだろうか?

 こう言ってはなんだが。私、この先の自分の人生のおおよそが分かってしまう。

 予知能力?いや、そんな大それたものでは決して無い。


 ただ、私は型にはまった生き方をしているだけ。

 平々凡々で、なんら面白味もなく。

 ただ、それなりに言いつけを守り、チャレンジ精神はドブに放り投げて、ルールは遵守。


 そうやって生き続けてきた結果、今にいたる。


 人生何が起こるか分からない?

 それは敷かれたレールを度外視にして我が道を突き進んでいる方々からしたら当然でしょう?


 私みたいに、敷かれたレールをただその通りに進み、生きてきた者は、ハプニングとは無縁なのだ。


 ルールを守りなさい、ルールを。


 交通事故?他殺?強姦?

 すべて、被害者側にも何かそうなるに値してしまうルール違反があったはずだ。

 だから常々思っているのだ。ルールを守りなさい、ルールを。






 そう、思っていたはずなのに。


「あの、大丈夫ですか?」


 私は今、生まれて初めて想定外のハプニングなるものに出くわした。







 地方の高校に入学して、親元を離れ一人暮らしを始めてから一年と少しが経った。

 もう高校から私が住むこのアパートまでの帰り道もすっかり慣れたもので。


 途中の安さが売りの地元スーパーで夕飯の買い物をして雨が降るなか道を歩いていた時だった。

 道すがら通る公園のベンチに、雨が降っているのにも関わらず傘をささずに途方に暮れている金髪のおギャルさまがいたのだ。


 私からは後ろ姿しか見えなくて、表情も何も分からないけれど。


 ここで声をかけるかどうか、私はしばし考える。

 昔から親からの言いつけで、知らない人には話しかけられても着いて行かない、と教えられていた。

 しかしこの状況、声をかけるとすれば自分であり、きっとその後の展開を予測すれば、間違いなく連れて行こうとするのも私だ。


 この場合、私はルールを破ることにはなるの?

 疑問符が頭を埋める。


 しかし、体は既にこの時、動き出していた。

 金髪ギャルの雨にずぶ濡れた背中を見て、何やら私は得体の知れない感情に突き動かされてしまったようだ。


 そこからの展開は非常にスムーズではあった。

 声をかけても金髪ギャルは何も答えず、シカトをカマすなら私ももう関与しないと去ろうとすると、私の制服のスカートの裾を摘んで引っ張ってきた。


 震えていた。何かに怯えているようにも見えた。


 とりあえず、私は彼女の手を引いてアパートへと向かったのだ。

 そして今、私は金髪ギャルを風呂場へと押し込んで、彼女が風呂に入っている間に買ってきた食材やらを冷蔵庫に入れる。


 しまった。走ってきたから卵が幾つか割れておじゃんになってしまっている。

 今日は得安値だったのに。ショック。


 冷蔵庫にすべて入れたあとは、制服を脱いで部屋着に着替える。

 私も雨の中走ったから少し靴下とかがローファーに雨が入り込んで濡れてしまっていて、本当は今すぐにでもお風呂に入ってから部屋着に着替えたいけど。


 今はお客さんが入ってるし、今日は我慢しよう。


 今は四月下旬。まだ暖房は必須。

 私は雨で奪われた体温を戻すためにも、暖房をつけた。

 それに、金髪ギャルがお風呂から上がった後に湯冷めしちゃったら大変だから。


 しばらく待つと、ほかほかと頬を蒸気させた金髪ギャルが私のルームウェアの一着を着てリビングにきた。

 どうやら彼女はお風呂には時間をかけて入るタイプらしい。

 私なんかは、洗う場所をしっかり洗ったらそそくさと上がってしまう。


 さて、じゃあ私もお風呂に入るとしますか。

 実家から譲ってもらった割と大きめのソファから立ち上がる。

 と、私の前で金髪ギャルは立ち止まり、ジーッと私を見つめてくる。

 そして、ボソボソと小声で言った。


「………お風呂、ありがと」


 私は驚いた。その声があまりにも綺麗で耳心地の良い鈴音だったから。

 私は安心した。お風呂で体を芯から温めたおかげか、彼女がしっかりと私に声を聞かせてくれたから。そして、彼女がしっかりと人に「ありがとう」と言える女の子だったから。


「……ちょっと?ど、どうしたの?」

「あ、ん?ご、ごめんなさい。体、湯冷めしないようにしっかりとウェアの前は閉めたほうがいいですよ!あと、あなたが着ていたジャージは後で私の下着やらと一緒にランドリーで洗濯しに行きますから!それが終わるまではどうぞその服着ててください」

「う、うん。分かった。その、ありがと」

「いえいえ!」


 見たところ、彼女は私と同じくらいの年齢だと予測する。

 高校二年生、もしくは三年生あたり。

 でも、あの時間に制服じゃなくてジャージで、しかも公園にいる時点で、学生じゃ無い、のかな?

 私はお風呂に入った。


 今日はいつもより少し長めに入ってみた。

 それでも、金髪ギャルの二分の一ぐらいの時間だけれど。

 それでも、いつもに比べたら少し、体がリラックス出来てる気がする。


 ぽかぽかだ。


 さて、いざランドリーに行きましょう!と思ったところで、彼女はどうしようか。

 彼女一人でここで待っててもらう?いやいや、それはさすがに無防備すぎる??


 うーん、どうしよう。

 悩んでいると…………



 ぐぅ〜〜〜〜〜〜〜



 地響きのような音が前方から聞こえてきた。

 見れば、金髪ギャルのお顔が耳まで真っ赤っかだ。

 私は「あははー」と、とりあえず空笑い。ばっちりと目が合ってしまったし、どう反応しよう。


「とりあえず、先にご飯にしますけど、食べますよね?」


 がばちょ!

 私の問には答えず、なんと彼女はいきなり私に抱きついてきた。

 おや?これってあの、所謂、『ハグ』というやつですか?


 親以外では、誰ともこういうことは経験が無いのだけれど。

 えへへ、少し照れるな。


 彼女は私の胸に顔を埋めたまま、くぐもった声で言った。


「今のは聞かなかったことに、してぇ」

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