16話 いじめられっ子の過ち

谷口は靴箱に入っていた手紙に気が付いた。


『夜八時に屋上に来てください』と一言書いており、そこには宛名一つ書いていなかった。怪しいのは一目瞭然。普段の谷口であればシカトも当然だっただろう。しかし、谷口は書かれていた時間に屋上に向かった。特に理由はない。


それほどまでに谷口は疲れ切っていた。




屋上についた谷口の目に入ってきたのは、藤崎だった。分厚い眼鏡の冴えない女。谷口は藤崎を見た瞬間、逆上した。

 

「なによ! こんな時に! あんたを相手にしている暇なんて私にはないのよ! 本当にうざい女。これだから陰キャはうざいのよ。ああ、時間の無駄。本当、こんなことしてる暇なんてないのに…。」

 

帰ろうとする谷口の腕をつかんで引き留める。

 

「わ、私、た、谷口さんに言いたいことが、あるの…。」

 

「は? うっざ。あんたみたいなやつの相手なんかしてる暇ないんだけど。帰る。こんなこと、してる暇なんてない。」

 

「待って! もう、もう古賀さんに手を出すのはやめて! 」

 

藤崎は谷口に訴える。ずっと考えていた。最近、古賀の悪い噂が頻繁に流れてきていた。それに、古賀が水浸しになるところも見た。今までそんなことなかったのに。おかしいと思った。そして、犯人を特定して、今度は藤崎が古賀を助けようと思った。しかし、どうだろう。犯人はすぐに分かった。谷口だ。

 

もしかしたら、私の代わりに古賀がいじめられるようになったのかもしれない。

 

そうであれば、責任は藤崎にある。なんとかして谷口を説得しようと思った。藤崎は自身がいじめている時には発揮しなかった抗うという行為を初めてしようとしている。それが、いいことなのか悪いことなのか分からない。それでも、藤崎は古賀のように誰かの為に頑張れる存在になりたいと思った。

 

だから、藤崎は勇気を出した。勇気を出して一言発した。

 

「私がいじめられてもかまわない。古賀さんにだけは手を出さないで‼ 」

 

「は? あんた、マンガの主人公にでもなったつもり? きっも。ちょうキモイんだけど。あんたが、なれるはずないでしょ? 誰かのヒーローになんて‼ 」

 

きゃははは


笑う。

笑う。

笑われる。



頭が上手く回らない。藤崎は今まで言い返してきたことなんてなかった。だから、上手く伝えられない。伝えきれない。だけど、頭では理解している。この女がいなければ、すべて平和になると。こんな腐った女、消えてもかまわない。

 

「うわあああああああああああああああああああああ! 」

 

藤崎は、谷口に強くぶつかった。頭を痛がっている。そんなの関係なかった。

 

「私が古賀さんを助けるんだ。悪魔みたいなあなたから、古賀さんを護るんだ。私だって、ヒーローになれるんだ。私も強くなるんだ。あなたなんて、いらない。この世界から消えちゃえ! 」

 

「イッタ…。あんた、絶対許さない。殺してやる! 」

 

今度は谷口が藤崎の服を掴んだ。運動神経の悪い藤崎とでは、力の差も歴然だ。谷口は藤崎の服を引っ張り、足で蹴り上げた。藤崎は地面に転がる。

 

「この! この…! 私に逆らうな! 私は何も悪くない! 悪くない! 」

 

藤崎は蹴られる。容赦なく蹴られる。しかし谷口はすぐに疲れてしまった。最近、睡眠の質も良くなかった谷口だ。体力も少し落ちてしまっていた。それを見計らった藤崎がよろよろと立ち上がった。

 

「やっぱり、あなたなんて、この世に必要ない。」

 

藤崎はなけなしの体力で谷口の髪を引っ張る。

 

「いたい、いたい! このっ! 」

 

谷口に殴られた藤崎は手摺にぶつかる。それでも立ち上がり、谷口を殴ろうとする。しかし、その腕には力がない。

 

「はっ! 私に逆らおうとするから悪いのよ。分かった? 古賀も、あんたも許さないから。絶対に許さない。」

 

震える手。ここで、負けたらまた地獄の日々に戻る。戻ってしまう。甲高い笑い声。臭いトイレの水。汚れた教科書。誰も助けてくれない現実。

 

「ああああああああああああああああああああああ! 」 

 


藤崎は、最後の力を振り絞り、谷口の髪を引っ張り、そのまま、体当たりをして、谷口を地面におとした。そう、落としてしまった。


手摺は点検されず、錆びて腐っていた。衝撃に耐えられず、谷口は地面に落ちてしまったのだ。


地面に落ちる直前。谷口は手を伸ばした。藤崎へとしっかりと手を伸ばした。藤崎はそれを見ていた。しっかりとそれを見て、手を伸ばさなかった。もう手を伸ばしても間に合わないと判断したからではない。死んでも構わないだろうと心の奥底で思っていたからだ。


しかし、地面に何かが叩き落とされる音が聞こえた時、藤崎は我に返った。救急車なんて呼べない。例えわざとではなくても、藤崎が殺したことには間違いない。もしかしたら捕まってしまうかもしれない。


藤崎は非常にパニックに陥った。そして、考えた。自殺に見せかけてしまおうと。階段を降り、死体の谷口が履いていた靴を持ち、屋上に再度向かった。綺麗に並べておいとけば自殺だと思うだろうか。バレるわけにはいかない。次は何をすればいいのか。


「次? それなら俺と契約すればいい。」

 

「だ、だれ? 」

 

藤崎は驚いて相手を見る。変な恰好をした色黒の男だった。男は耳が尖り、目は鋭い。日本人ではないのが確かであった。藤崎は見えてはいけない何かを見てしまっていると察した。

 

「わ、私は、そんな契約なんてしない…。」

 

「はっ! いいのか? このままだったら、お前、捕まるぜ? 」

 

「そんな…。」

 

「だってそうだろう。ここに来るまでに何人とすれ違った。それに指紋だってすべて消せていない。それなのにどうしてバレないと言い切れる。」

 

「そ、そんな…。わたし、わたし…。何も、悪くないのに。」

 

悪くない。人を殺して悪くない人間は果たしてこの世にいるのだろうか。いや、人を殺さずとも、大きな傷をつけてしまった人間が何も悪くないと告げていいのだろうか。

 

「私は、悪くない。悪くない。悪くない。そうだ、悪くない。だって、わざとじゃない。わざとじゃないし、それに、谷口さんだって悪いんだ。古賀さんをいじめようとしていたし。私だって、沢山痛い思いをしてきた。だから、悪いのは全部谷口さん。」

 

「ハハッ! そうだ、そうだ。全部その谷口って奴が悪いんだ。でも、このままじゃお前が悪役だ。」

 

「そんなのダメ! 私は、正義のヒーローになるの。古賀さんを救ったんだから、だから、悪くないから、だから、何も、何も、謝る必要もないから。」

 

狂ったように、笑う藤崎。色黒の男、ブルームは同じように笑った。面白い、面白い。自分を肯定しようと必死になり、挙句の果てに殺した相手に責任を押し付ける。面白い、面白くて、面白くて、なんて、滑稽だろうか。

 

「契約するから、だから助けて。私、悪くないでしょ? だから、助けて。いつも通りの生活に戻させて。」


 

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