第3話 彼女の過ち

「え、南雲天翔なぐもてんしょう……くん?」


 目を大きく見開いて彼女は戸惑っている様子。

 おそらく僕の顔を見て驚いているのだろう。


「あ、うん。そうだけど」

「やっぱりそうなんだ」


 そう言えば、琴吹唯奈ことぶきゆいなってどこかで聞いたことがある名前だ。

 確か一年の時に同じクラスだったかな。クラスのまとめ役というかリーダーシップのある女の子で学級委員長も務めていた。


 僕に何かしたわけではない。ただ彼女は僕の受けているいじめを知っていて見ぬフリをしていた。


 ……でもそれが悪いとは思わない。彼女が僕に手を差し出せば、きっと彼女も痛い目を見ていたはずだ。


 そんなことが起こるくらいなら放置されていた方がいい。


「あの! ごめんなさい!」


 気が付くと、琴吹さんは深々と頭を下げていた。


「え、えっとなんで?」


 僕は立ち上がって彼女に頭を上げるよう促す。

 しかし彼女は頭を下げたままだ。


「一年生の時、私は南雲くんを助けてあげることができなかった。それがずっと苦しくて悲して後悔してて……。今更、謝っても仕方ないことだけど、本当にごめんなさい!」


 返す言葉が見つからず、僕は息を飲んだ。

 今の今までずっと彼女は一年の時のことを後悔していたというのだろうか。 


 静かに息を吸って僕はおもむろに言葉を紡いだ。


「琴吹さんは何も悪くないんだから、謝る必要なんてどこにもないよ」

「それでもやっぱり私、謝りたくて」

「ありがとう。その気持ちだけで十分だよ」

「今日も何かされたんじゃないかなって。こんな所で寝てるなんて変だし、一年生の時に私がなんとかしてあげれたら」


 不安そうな目でこちらを見つめる琴吹さん。

 どうやら僕はここで寝ていたことになってるようだ。


 それはともかく僕がいじめられていないことを伝えないと。

 このままだと彼女はますます自分を責めてしまう。


「大丈夫だから。琴吹さんはもう心配しなくても平気だよ。……多分」

「そ、そうなんですね」


 少し安心した表情を見せた琴吹さんはじーっと僕の顔を見つめている。


「どうかしたかな?」

「あ、いえ、南雲くんの顔が……」

「顔?」


 ん、あれ、ちょっと待ってくれ。

 なんだか琴吹さんの疑念に満ちた目を向けられている。


 僕は本当に神様に会ったのだろうか、夢だったって可能性もあるよな。顔がイケメンになっていれば正夢だったと思うが。


「あの、突然だけど僕ってカッコいい?」

「へぇえっ!?」

「いや、間違えた。そうじゃなくて僕の顔ってイケメンかな?」

「ふぅぇええっ!?」


 ん、あれれー、琴吹さんの反応がよくわからない。

 顔を真っ赤にして恥ずかしそうに僕から目を逸らしている。


 明らかに正常ではない、もしかして僕が変なこと言ったからかな。……やっぱりあれは夢だったんじゃ。


「……いいです」


 突然、琴吹さんがぽつりと言う。

 考え事をしていた為、最後の方しか聞き取ることができなかった。


「ごめん、琴吹さん。もう一度言ってもらっていいかな」


 琴吹さんは今度はしっかりと僕の顔を凛とした表情で見つめる。


「南雲くんはカッコいいです!」

「僕、今の今まで自信がなかったんだけど琴吹さんにカッコいいって言われて少し自信になったよ。ありがとう」


 今までの顔でカッコいいなんて言われたことはなかった。

 琴吹さんの様子を見る限りだと、お世辞で言っている様子もない。僕は本当に神様と会っていた……ってことでいいんだよな。


「南雲くんってなんだか雰囲気変わりましたね」

「そうかな。そうだと嬉しいよ」


 僕が笑って答えると、琴吹さんは真剣な眼差しでじっと見つめてくる。


「あの、南雲くん。何か困っていることとかないですか?」

「困っていること?」

「一年生の時の罪滅ぼしじゃないですけど、私にできることがあれば何でも手伝わせてください」


 胸の前でグッと握り拳を作って気合の入った表情の琴吹さん。

 そう言ってくれるのは有難いけど、僕に関われば迷惑が掛かってしまうかもしれない。


「いや、それは悪いよ。気持ちだけで――」

「お願いします、南雲くんの力になりたいんです!」


 僕の言葉を遮って彼女は一気に距離を詰めて告げた。

 仄かに香る女の子の良い匂いにくらりとしながら、僕はそれでも意志を固める。


「琴吹さんを巻き込むわけにはいかないから」

「巻き込まれてもいいです」

「え?」

「私、別に誰に何されても気にしないです。南雲くんが与えられた痛みにくらればなんてことないですから」


 琴吹さんの表情は覚悟の決まった顔をしていた。

 それから静かに息を吐き出し、少し微笑んで言葉を続ける。


「ここで逃げたら一年生の時と何も変わりません。それじゃ謝った意味、ないじゃないですか」


 涙の滲んだ目で彼女は迷いなく告げた。

 そっか、彼女も彼女なりの苦しみを抱えているんだ。


 僕が彼女を遠ざけたいと思っても、彼女にとってそれは辛いことで正しい選択ではなかった。


 でも彼女が近づいたら、……そっか僕が守ればいいんだ。神様に与えられた力は守りたい物を守る為の力。


 それに琴吹さんに協力してもらった方が魔眼の条件は達成しやすいはず。

 十人の女の子とキスをする。


 僕一人じゃどちらにせよ難しい。琴吹さんに手伝ってもらえれば達成する確率は上がるはずだ。


「琴吹さん、僕に手を貸してくれませんか」


 そう言うと、琴吹さんはパァっと明るい顔色へと変わって目元に滲んでいた涙を指先で拭った。


「はい、私にできることであればなんでも言ってください。南雲くん」

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