第六章

第37話『私もできることをやります』

 走る際中、最悪な事態を考えてしまう。


 もしかしたらイレギュラーボスがすでに街の中で暴れていて、私みたいなそこまで強くない探索者達が戦い、暮らしていた人達が逃げ回って街に被害が出てしまっている、なんて。

 こんな不吉なことを考えてはいけないとはわかっていても、そうであってほしくないという願いが、余計に悪い方向へ頭が回ってしまう。


「そろそろ着くっすよ」


 階層間の階段を駆け上がり――街の入り口へたどり着いた。


「……」

「とりあえずセーフってところっすね」


 両手を膝について目線を地面に落として、高鳴る心臓とぜえぜえ荒れた息を整える。


 ここから見渡せる限りの街並みに異変はなく、騒ぎが起きている様子もない。


 よかった。

 本当に良かった。


「全力ダッシュして疲れちゃったから、少し歩きましょうか」


《よかった》

《一安心だ》

《セーーフ》

《セフセフ》

《よかった》


「全力でダッシュしたからさすがに疲れたわね。ここからも急ぎたいところだけど少し歩きましょ」

「そうっすね。呼吸を整えたいっす」


 重くなった腕と足を持ち上げて、私が最後尾になるかたちで歩き始めた。


「エンボクさん、気になることがあるのですが」

「どうしました?」


 縦に伸びている列の、一番近くを歩いているエンボクさんに率直な疑問をぶつけてみる。


「私はここに来たのは初めてなので疑問に思ったのですが、この街は落ち着きのある雰囲気だと思いました。それ自体はとてもいいことだと思うのですが、ここに住んでいる人達はこういったクエストのことは把握しているのですか?」

「いえ。基本的には地上の人達より、そういった情報には地上で暮らしている探索者より疎くなっています。なんせ電波の類はここに届きませんから」

「……そうですよね」


 もっと早くにこの考えに至っていれば、なにも迷うことはなかった。

 マサさんの即決によってすぐ行動に移せたけど、もしも別の人達と組んでいたり1人だった場合、間違いなく到着に時間が掛かっていたと思う。

 いや、特装隊の人達とパーティを組んでいなければイレギュラーボスのことを知ることができなかったから、もしも街が襲撃されていてもそれを知るのは全てが終わった後かも知れなかった。


「あと、ここに住まれている方々って探索者ではない人っていたりするんですか……?」

「基本的にはいませんね。例外として、専門的な知識をもっている人は探索者組合が護衛をつけて街に来たりはしますが」

「なるほど」


 それもそうだよね。

 こんな綺麗な街を、ちょっとやそっとの知識だけで造れるはずがない。


「なにか気になる点でもありましたか?」

「最悪の状況を想定した時、この街が戦場になったとして……どれぐらいの人が戦えるのか気になってしまいました」

「そうでしたか。だとしたら正直なことを言うと、戦力に加算することはできないと思います」

「……そうなのですか?」

「はい。この街を経営または住んでいる人達というのは、文字通りここで暮らしています。探索者としてダンジョンで戦闘する、というのは済み始める前より頻度は落ち、街で仕事などをしています。ですので、人によっては数週間――もしかしたら数年単位で戦っていない人もいたりします」

「え、でもそれって」

「そうですね。探索者組合との契約書には定期的とは言わずとも、ダンジョンで魔鏡石を回収しなければならないというものがあります。ですが、国はこういった街の運営にも重点を置いているみたいで、ここに住所を移す代わりにそういった契約を免除されるんです」

「へぇ……初めて知りました」


《マジか》

《もしかしてこの街、第二の国ってことじゃん》

《制度についても詳しく知りたい》

《モンスターと戦うのは怖いけど、探索者になってすぐこの街に引っ越せば楽しそう》

《文字通り完全なる別世界の話になってるじゃん》


 完全に忘れそうになっていたけど、ここには電波だけではなく電気というものもないんだった。

 旅館でもテレビどころかドライヤーもなく、部屋の電気はなく蝋燭などの灯で賄われていたのを思い出す。


 便利な世の中になったからこそ、歯痒い不便さを感じた。


「じゃあもしもモンスターが街を襲撃し始めた場合、住んでいる人達にはどうやって伝達したり避難誘導をするのですか……?」

「声を出して走り回って警告する他ないですね。なので人手が必要になってきます」

「人手も時間も必要になりますね。なら早めに到着できてよかったですね」


 これで安心安心と楽観的に捉えられないけど、一安心はできた。


 写真でしか見たことのない、全てが木造建築の建物が並ぶこの街を壊させたくは――。


「きゃああああああああああ!」

「っ!?」


 その悲鳴に、全員の足が止まる。


「うわああああああああああ!」


 次、また次と聞き間違えようのない悲鳴が聞こえてきた。


 最悪が脳裏に過る。


「話し合っている時間の猶予はないわ。行くわよ」


 全員で声の方へ駆け出す。


 もしもモンスターが街を襲撃していたとしても、やることは変わらない。


「キラ、もしもの時は逃げ――」

「いえ、私もできることをやります」

「そうっすか」


 ノノからの問い掛けにそう返し、疲れからなのか緊張なのか、それとも恐怖心からなのか……どれとも判断はつかないけど、ただ鼓動が速くなっているのは嫌でも感じてしまった。

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