第33話『だ、ダンジョンが生活拠点?!』

「それにしても、予想外にいい感じだったっすね」

「うん。自分でもびっくりしているよ」


 数回の戦闘を経て、予想以上に戦えた自分に驚きを隠せない。


 それにもう1つの衝撃的事実が、口をポカンと開けさせる。


「わあ、凄い……」


 目の前に広がるのは、街。

 なにをそんな大袈裟な、と言われるかもしれないけど、私は初めてダンジョンの中にも街があることを知った。


 しかもこの階に一ヵ所程度というものではなく、高台から右から左へ見渡せるほどの広さであり、2階建てだったり、【大浴場】と看板に書かれた場所も。

 まだここに済んでいる人達を目の当たりにしたわけではないけど、一見しただけでも人が住めると思える。


「あたしも最初に観た時は目を疑ったっす。資格を取る前に薄っすらと聞いていても、俄かには信じ難いっすよね」

「う、うん。私も、まさかね、なんて勉強中は思ってた」

「わかるっすわかるっす。しかも地上とは違って普通に電波が届かないっすからね、尚のこと信じられないっすよね」

「うんうん。本当にその通り」


 雅さんが気持ちよさそうに、ぐーっと体を伸ばした後。


「今日から数日、ここが生活拠点になるからね」

「え、えぇ!? だ、ダンジョンが生活拠点?!」

「そうよ。まあここでいろいろと説明するより、直接街中を歩いたりした方がいろいろとわかるから、行きましょうか」

「大丈夫ですよ。ちょっとした不便さがある……田舎というか一昔前のような、でも住み心地のよい場所ですから」




 歩いている最中、だんだんと近づく街並みに建つ家々の大半が木造建築ということに気づいた。

 全部の家々を確認したわけではないから断定はできないけど、もしかしたら全てそうなのかもしれない。


 そんな予想は、街中を歩いている途中で確信に変わった。


「ほぉ~」

「美夜、お口が半分空きっぱなしっすよ」

「こういう街並みを観るの初めて」

「まあそうっすよね。逆にあたしは懐かしいっす」


 音暖と目線を合わせないで話すのは失礼だとはわかっていても、つい木造建築の並ぶ家々に目線が奪われてしまう。


「そして、ここが私達の止まる場所よ」


 街に入って歩くこと10分程度のところ、雅さんが足を止めてこちらへ振り返った。


 一度雅さんに目線を移した後、すぐに建物を見上げる。


 ホテルのような数階建てではなく、2階建てであろう建物。

 入り口より少し上に設置してある看板には【地底の宿】という、なんとも直球な店名が記されている。

 両引きの扉は開かれていて、藍色の真ん中に切れ目の入っている暖簾が垂らしてあって、どこかで観たことのある温泉宿を思い出した。


 お出迎えのようなものがあるのか、と少しだけ期待はしていたものの……そんなことはなく、私達は普通に受付を済ませて部屋へ案内された。

 ちなみに炎墨さんと雅さんは1人1部屋ずつで、私は心寂しいことから音暖と相部屋にしてもらった。


「ゆったりと話し込むのもいいっすけど、早めに革新的なことを話しておくっす」


 前面畳みのようなものに、竹のような、でも和風建築のような感じに見えてもどこか違う感じの部屋を見渡していると音暖がそんなことを言い出す。

 気づいたら音暖は部屋の中央に設置してある長机のところに腰を下ろしていたから、私は対面になるよう畳のような床に腰を下ろした。


「他の探索者達には知れ渡ってはないっすけど、秘匿情報でもないので言うっす」

「……うん」


 口調はそのままなのに、ここからは真剣な話が始まるというのが、急に真剣さを帯びた目から察し、肩に力が入る。


「公には、この探索者強制参加クエストの目的はダンジョンが活性期に入ったから、沢山湧き出てくるモンスターを狩りまくれ、となっているっす」

「そうだね」

「これはこれとして全然嘘ではないんすけど、実は話の順番が逆なんす」

「え……?」

「不定期っすけど、ダンジョンは時折【イレギュラーボス】というのを生み出して、大暴れさせるっす。これが厄介で、【イレギュラーボス】っていうのはそれぞれモンスターを活性化させるだけでなく、ダンジョンまでをも活性化させてモンスターをバンバン生み出すようになるっす。自分で生み出しておいて、それに影響されるってのもおかしな話っすけど」


 別次元の話をされているような感じがして、もはや相槌を打つことすらできなかった。

 そして、気づいたら口を開けっぱなしになっていたのを閉じて、ふと思った疑問を質問する。


「授業で習わなかったような……もしかして、忘れちゃっていたのかな」

「いいや、それに関してはその通りで、授業とかではやっていないと思うっす。学校ではまずなくて、探索者育成学校でも習わないっす」

「そうなると、特装隊のように強い人にしか知らされない情報ってこと?」

「ほほぉ美夜は鋭いっすね。まさにその通りっす。なんせ【エリアボス】や【階層ボス】なんかとは別格の存在っすからね」


 音暖が出してくれた、それらボスの種類を私はまだ目の当たりにしたことがない。

 今は5階層で、【階層ボス】というのは10階層にいて、そこから下も20・30と同じくボス部屋というものがあるらしい。

 その前の【エリアボス】にも出くわしていないのは、運がよかったのか、偶然が重なっていたのか。


 どちらにしても、1階層より先に進むのが初めての私には遠い世界の話。


「そんでもって公に知れ渡ってないのは、イレギュラーボスの討伐に掛かる時間に比例しているからっすね」

「なんとやく予想できる話だね」

「そうっすね。最速だと……半年前の1時間っすね」

「うわあ……」

「聞くだけだと、速攻討伐みたいな感じに聞こえるっすけど、実はここ数年で最も被害が大きかったんすよ」

「そうだったの……?」

「あたし達が別の任務があって少しで遅れたってのもあるんすけど、イレギュラーボスが5階層まで進行していたんす。だから、連携力が高まっていないパーティや戦闘慣れしていない人達が次々と犠牲になってしまったんす。そこからは特装隊と実力者達の総力戦で討伐したんす」

「そんなことがあったんだね……」


 私がまだ探索者になる前の話だ。

 だけど疑問に思ってしまうのが、そんな階層でそんな恐ろしいモンスターが出現してしまうかもしれないのに、なぜ授業で触れないのか。

 注意喚起のために言ってくれてもいいだろうし、探索者になる時に教えてくれてもいいのに。


「それって、別の国でもそういう感じになってたりするの?」

「ん~、そうだったりそうじゃなかったりするっすね。じゃあここで少しだけ黒い話をするっす」


 音暖は咳払いを1回した後、両手を後ろに突いて姿勢を崩した。


「国も探索者組合も合意のことがあるっす。それは、探索者の数を増やすこと。もっと詳細にすると、怖いもの知らずの探索者を増やしてより先に進んでもらい魔鏡石を集めてもらうこと」

「……」

「ここまで話すと気づくと思うんすけど、たぶん大体合ってると思うっすよ。今は新しい発電技術になっていたり、いろんなものに使われている魔鏡石。これを集めるのには圧倒的に人手が必要っす。……惨い話、報酬はしっかりともらっていても、要は魔鏡石を集める道具として存在しているのが探索者っていう仕事っすね」


 上手く言葉が出てこない。

 今の内容を聞いたからといって、国も探索者組合も批判できないと思う。

 理屈は理解できるし、実際に魔鏡石をお金にも換金できるし、ちゃんとモンスターを倒し続ければお給料だってもらえる。


 言ってしまえば、いつ命を落としてもおかしくはない仕事なわけだし、契約書にもそれら類のことはしっかりと記載されていた。


「まあそんな感じっすね。一気に話をしても頭がパンクしちゃうし、温泉へ行くっすよ」

「え、温泉があるの?」

「あるっすよ。ちなみにここは指定された宿じゃないから自腹なんすけど、実は物凄く安いのにご飯が美味しいしお風呂もあるんす。あ、年上2人が割り勘で全員分を払ってくれているっすから、ここは甘えておくといいっすよ。あたし達、お金だけはたんまりともらっているっすから」

「そうもいかない。って言いたいところだけど、財布なんて持って来てないからお言葉に甘えるしかなさそう」

「そうそう、それでいいんす。ちなみにあたしも財布は持って来てないっす」

「音暖って実は小悪魔ちゃんだったりする?」

「さあそれはどうっすかね」

「ふふっ」


 悪戯に笑う音暖を観て、つい私も釣られて笑ってしまう。


「さあさあ行くっすよ~。お風呂で泳ぐと気持ちいいんすけど、美夜も一緒にどうっすか?」

「お風呂でそんなことをしてはダメですよー」

「じゃあ美夜が体を洗っている時に泳がないとダメっすね」


 そんな本当なのか冗談なのかわからない話をしながら、私達は部屋を後にした。

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