第13話『疲れた日は過去を思い出す』

「次のテストは夏休み前の期末テスト。っていうことは……後3週間後くらいだよね」


 スマホでカレンダーを眺めながらそう呟く。


「うーん……」


 私は今、自分の部屋のベッドの上で悩んでいる。


 ここ最近、いろんな忙しさが重なって疲れがドッと押し寄せてきていて、勉強をしようって気分にいまいちなれない。

 勉強をしなくちゃいけないって、わかっているんだけど。


 でも、この気怠さを抱えたまま勉強をしたところで、教科書の中身をそのままノートに書き写して終わるだけになってしまう。

 それじゃあ勉強をした感だけ味わって、無駄に疲れてしまうだけだ。


「ここは一旦、勉強のことは考えないようにしよう」


 ブラウザを開いて、『配信で有名になるには』と検索をかける。


 検索結果には、物凄く沢山なものが出てきた。

 ちらほらとタップしてサイトを覗いてみると、『プロゲーマー』『元プロゲーマー』『芸能人』『アスリート』『クリエイター』などなど。

 配信や動画投稿を観たことのない私でも、既にどこかで有名になっている人が配信者として成功するケースがほとんどみたい。


 実際のところはわからないけど、地道に頑張って下積みをするのもできなくはないのだろうけど、かなり時間がかかりそう。


「ん~……」


 何を始めるにしても、今更感が半端ないけど、何を始めるとしても遅いということはない。


 だって、それはアイドルとしても探索者としても活動している、私自身が一番理解しているから。

 草田さんに偶然声を掛けられたというのもあるだろうけど、時の運というのも必要になってくると思う。


 ……とかなんとか考えていると、ますます自分が配信者として何ができるかわからなくなってきた。


「はぁ~……」


 こうしていると、最近のことを思い出してしまう。


「最近は痛いことばっかりだなぁ」


 今思い出しても、眉がピクッて動いて顔をしかめてしまう。

 あれほどの痛みを経験するとは思ってもみなかった。


「ダンジョンで助けたあの人、大丈夫なのかな」


 あの男の人は、ダンジョンに入れるのだから探索者としての資格を持っているはず。

 だというのに、モンスターと対面して武器を手に持っていなかった。

 もしかしたら手放してしまった隙に攻撃されてしまったのかも?


「あのネックレス――とは言えない、首からぶら下げていたものってなんだったんだろう」


 絶対に本人には言えないけど、あの人の顔はもう憶えていない。

 だけどあのなんとも言い難いものはなんだったんだろう。

 あれが武器というわけでもないだろうし。


 今は考えても仕方がないか。

 あの時のことを思い出すと、噛まれたところが今でも痛い気分になっちゃう。


「次は3日前だよね……」


 記憶に新しい事件。

 あれはすぐに忘れることはできない。


 美姫に酷いことをした恨みもあるけど、何より、あれを思い出すと今でも少しだけ胸が締め付けられる。

 あの人達は、私にあそこまでされて文句は言えないぐらいには酷いことをした。

 だけど、そうだとわかってはいても、痛いのは拳ではなく心。


 サングラスのお兄さんは、私を理解しているように気遣ってくれた。

 言われた瞬間は理解できなかったけど、歩いている最中、じわじわと理解してしまった。

 あの人達に嫌悪感を抱きながら、自分も同じであった、と。


「全部頑張ってるのに、全部上手くいかないなぁ……私、やっぱり何かをやめないといけないのかな。もしかしたら、全部に言い訳ができるから、一生懸命に頑張っている自分を観て酔いしれているだけなのかな……」


 結果でしか示せないというのに、何もかもが中途半端になっているという結果を自分で出してしまっている。

 今のこの状況を誰かに咎められたとして、私は何を言い返せるのだろうか。


 もしも誰かにどれかを"やめろ"と言われたら、逆らわずに何かをやめてしまいそうだ。


「あーあ。何をやってるんだろう私」


 ベッドから起き上がって、窓を開けて外の空気を吸う。

 見上げる夜空は生憎と満天の星空というわけではないけど、小さな光が散らばっている。


「なんだか懐かしいなぁ」


 小さい頃の記憶を思い出す。


 何歳ぐらいだったかな、私はお父さんにわがままを言って、望遠鏡を担いでもらってよく公園に行っていた。

 お母さんには外出する度にお父さんと一緒に怒られていたっけ。

 あの頃の私には、お母さんの頭には角が生えているんじゃないか、って信じ込んていたのを今でも憶えている。


 あの時は今よりもっとお空が遠くに感じてたなぁ。

 そんなはずはないんだけど、今なら手を伸ばしたら届きそう、なんて思っちゃう。


 夜空の星々を観て、「あんなキラキラしてるの凄い! 私もあれになりたい!」なんてお父さんに言っていた。

 変なことを連呼するものだから、お父さんは「なら、キラキラしたアイドルになってみんなを明るく照らしてあげなさい。そうしたら、みんな元気もりもりだぞ」と言ってくれた。

 あれが、私がアイドルを目指すきっかけになった。


 ……でも、またお父さんとお母さんと話ができる日はもうこない。


 私が中学2年生の夏休みの出来事だった。

 家族3人で旅行の際中、交通事故に遭ってしまい――私も大怪我をしたけど、お父さんとお母さんは帰らぬ人となってしまった。


 親戚の人は、私を忌子と陰で言い、私を引き取ってくれる人は結果的に誰も現れなかった。

 複雑な心境だけど、でもそのおかげで国からの助成金などのお金が振り込まれて、学費は免除、高校進学の費用も免除、大学進学の費用も免除ということになったんだけど。


 でも、私の心にぽっかりと空いた穴はずっと埋まらず、学校の誰とも話をせず距離を置く生活を送っていたある日、美姫が転校してきた。

 偶然にも隣の席になって、半ば強制的に話すしかなかったんだけど、そこから沢山話すようになって、なんだかんだ一番大切な友達になってしまった。


 笑うことを忘れてしまっていた私は、自然と笑えるようになっていたのを気づいたのは、そこから1週間後ぐらいだった気がする。


「そうそう、草田さんと出会ったのはあの時だったよね」


 事故後、初めて美姫と大きな公園へ弁当を作ってピクニックに行く最中、後ろから大声で呼び止められ――たんだけど、私達は怖くなって全力で逃げたんだよね。

 ビックリしすぎて助けを求めて叫ぶなんてことも忘れて一心不乱に。


 だけどあの時は2人して運動してなかったから、すぐに走れなくなって、両手を膝に突いて息を整え始めたところで草田さんに追いつかれて、名刺を渡された。


 そして、お父さんとの約束をとんでもない偶然で叶えてしまったという感じ。


 たぶん、こんなことをお父さんが生きているときに報告したら、両手を叩いて大笑いしてくれたんだろうな。

 お母さんは、どうだろう。

 10分ぐらい硬直した後に、「おめでとう」ってお祝いしてくれそう。


 ――……ああダメだ、涙が――。


 溢れる涙を誤魔化すように、窓を閉める。


「泣いたって何にもならない。それに今は誰にも頼っちゃダメなんだ。よしっ」


 袖で溢れそうになった涙を拭って、勉強机の椅子に腰を下ろした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る