第9話『ショッピングモール緊急事態』

 これは非常にマズい状況に陥ってしまった。


 今からどうにかして逃げ出そうにも、既に囲まれてしまっている。


「店内にいる人間は死にたくなかったら両手を上げて出てこい」


 こんな状況ではどうすることもできない。


「ここは従うしかない」


 美姫とお姉さんだけに聴こえるよう、小声でそう伝える。

 そのまま私達は店を出て、他の店員さんと一緒に移動させられた。


 逃げ遅れた人達を含み、一ヵ所に集められたのは一番見晴らしがいい中央広場。

 

 そして、それを囲むように計5人の武装した人達が居る。


「ちっ、人質にできたのはこれっぽっちかよ」

「逃げ回るやつらってのは必至だからな。さすがに威嚇だけじゃ止まらねえ」

「あ? 俺が決めたことに文句でもつけようってか?」

「んなわけねえだろ」


 そんなやりとりが聴こえてきた。


 たしかに、私達がこのショッピングモールに訪れた際、他のお客さんは数えきれないほどいた。

 だけど今ここに居るのは、座る時に見ただけでも30人程度。


 今の話から推測するに、この人達は人質を生きている状況が好ましいようだ。


 後これは推測だけど、この人達はここに居る5人だけしかいないかもしれない。

 何も根拠はないけど、もしも仲間がいるとしたら一旦落ち着いた今連絡をとろうとするはず。


「制限時間は10分だ。その間に現金と金目のものを回収してこい」


 赤い覆面を被っている人が指示を出している。

 ということは、たぶんあの人がリーダー。


 あの人の近くに居た2人は、ショルダーバックを片手にそれぞれ店の中に入っていった。

 何かをするのであれば、今のうちしかない。

 でも、逃げ出そうとすればあの3人から攻撃されてしまう。


 そして、一番の問題点がある。

 それは、探索者としてのルール――ダンジョン外での武器使用が禁じられているということ。

 こんな緊急事態にそんな悠長なことを言っていられるか、と思われるけど、ちゃんと例外はある。

 端末から申請して許可が下りれば使用できるようになる。


 なら今できることは、スマホで申請を送るしかない。


 ポーチの中からゆっくりとスマホを取り出してロックを解除。

 固定アプリから緊急申請の欄をタップして送信。


 後は待つだけだけど、状況が状況だから概要を入力していない。

 この騒ぎがいち早く伝わってくれることを祈るのみ。


「にしても、今日のタイミングは外れだったな」

「そうですね。金目のものをもってそうな客が1人として居ないですもんね」

「下手したら今日の儲けが少なくなり――」

「うるせえ! んなことを今から気にしてどうするんだ!」

「ひいぃ! ご、ごめんなさい!」


 あの人達が話に集中している間で何かできることは……。


 耳を澄ませて、できるだけ違和感の内容に視線を動かす。

 せめてもの望みは、私と同じ探索者がこの場にいること。

 そうすれば、この状況であれば1人の武器使用許可が出れば全員が武装できる。


 ……でも、怯える子供を必至に護ろうと抱き締める人、胸に手を当てて必至に呼吸を整えようとしている人、頭を抱えて縮こまってしまっている人。

 そんな人達ばかりがここに集められている。


 つまり、この場に他の探索者が居る可能性は限りなく0。


 このまま順調に武器の使用許可が出たとしても、私だけが戦おうとすれば間違いなく集中砲火を受ける。

 いや……間違いなく命を落とす。


 みんなを護るために、私は本当にそんなことができるの……?


「なんだと? ああわかった。かぁ、しゃあねえか」


 リーダーの男が、誰かとの通信をしている。


「おいお前ら。予定を前倒しにするぞ」

「何かありました?」

「ああ。たったの5分で特装隊が出動したらしい」

「ええ!? ま、マズいじゃないですか!」

「だから急ぐって言ってんだろ。話聞いてんのか?」

「あ、そうでした」


 さすがは特装隊。


 彼ら彼女らは、特別枠の探索者だ。

 私のような存在とは大きくかけ離れていて、国民を護るために常に武装を許可されている。


 当然、強さも別格。


 こんな状況をも一瞬にして逆転してしまえるほどに。


「だがそうなると、こいつらを一気に移動させる時間はないしな……ええ、適当に2、3人を連れていくぞ」

「はい!」


 やめて、それだけはやめて!


「やめてください!」

「うるせえ!」

「ひゃっ!」


 最悪の偶然。

 美姫が制服の襟を掴まれ、連れて行かれそうになってしまう。

 小さな抵抗で離れようとしているけど、銃を突きつけられて抵抗をやめてしまった。


「きゃーっ!」

「おかあさん!」

「動くんじゃねえ。子供の命がどうなっても知らねえぞ?」

「どうか、どうか乱暴だけはしないであげてください!」

「それは、あんたの出方次第だな」

「……っ」


 特装隊の人達はまだなの!?

 なんで武装許可がでないの!?

 なんで私の足はこんなに震えて動けないの!?


 助けたい人が居るのに、私はただ涙を堪え、歯を食いしばって顔を歪めることしかできない。


 なんで、どうして……どうして……。


「おい、さっさと最後の1人を連れてこい」

「はっ、はい! じゃあお前、さっさと来い!」

「……」

「ん? おー、これは珍しい人選をしたもんだ。よくやったぞ」

「え?」

「お前知らねえのか? そこに居る姉ちゃんは、最近人気急上昇の動画配信者なんだぞ」

「ほえ~」

「あー、なんだっか。そうそう、旅動画を上げているんじゃなかったか。――ああ、ここは新しくできたばっかりだもんな。ネタとしてはいいってか?」

「あら、よく知ってらっしゃいますね。そうですよ、私は普段から旅動画を投稿している人間です。そして、今のこの様子を生放送しています」

「な、なに!?」

「まあでも、生放送はしないから全然人は見に来ていませんけどね。でも、ご存じの通り、アーカイブはしっかりと残りますよ。私がこの場で死んでも、ね」

「な、なんだとぉ!?」


 あの人は、なんて強い人なんだ。


 自分の命より、この人達の悪を世間に広めるために行動した。


 でも私は……?

 美姫が危ないのに、規則に縛られて何もできないっていうの……?


「おい! どこかに配信用の端末があるはずだ! 探し出して破壊しろ!」

「え、でも時間がヤバいんじゃ」

「そんなのわかってる! でもこのままってのもマズいんだよ!」

「はっ、はい! おいてめえ、さっさと端末を出しやがれ」

「女性1人に銃がないと勝てないの? 情けないわね。男なら、拳で強さを証明してみせなさいよ」

「んだとてめえ!」


 ――スマホの画面が点く。


 そして、そこには画面一杯に【武装許可】の文字。


 お姉さんごめんさない。

 私は美姫を助けに行きます。

 ごめんなさい。

 でも、助けたいんです。

 大切な友達なんです。


「かかってきなさいよ!」


 動くなら今だ。

 助けるなら今だ。

 動け――。

 動け!

 動け!!!!


「はああああああああああ――」


 抜刀する構えと同時に剣を生成し、私は地面を蹴った。


「――ああああああああああっ!」


 私は美姫の元へ、飛び込む。


 ――しかし。


 轟音――。


 この場に居る全員の動きが止まり、視線が音の方へ向く。

 悲鳴はなく、咆哮もない。

 今ここにあるのは、ただ静寂。


「おうおうおう。そこに居る覆面の男達、観念しな」

「おー、かっこいいっすね先輩。僕もそれ言ってみたいです」

「何ふざけたことを言ってるのよ。死ぬよ」

「あーあー、雰囲気台無しっすよ。相手は人質が居れば逃げ切れるとか思ってるんすから」


 音の方向から、4人のスーツ姿の男女が現れた。


「な、なんなんだお前……ら……」


 リーダーの男は、途中で言葉をやめる。


「いやわかるっしょ。普通」

「ダメっすよ、こいつら馬鹿なんすから」

「そりゃあ可哀そうだろ。こいつらは元々馬鹿なんだから」

「いやそれ、同じ事を2回言ってるだけよ。あんたも馬鹿ね」


 緊迫した状況だというのに、真反対な人達。


「あれ、キミだったのか。唯一の探索者って子は。でも大丈夫だよ。もう、いろいろと終わってるから」

「クールダウンクールダウン」


 一番年上であろう男の人が、2枚の布をこちらに投げ飛ばした。


「ほら、ね」

「そして~! もう、無駄な足掻きはよせ。お前達はもう終わっている。――どうですか、今の決めゼリフ。いい感じでした?」

「いや、それならセリフだけ言いなよ」

「な、な! お前ら、あいつらを撃て! 撃て――え?」


 リーダーの男と、私は何も起きないことを不思議に思って振り返る、と。


「任務完了」


 5人目のサングラスをかけた男の人が、残り2人を制圧していた。


「うっそだろ……これが特装隊だってことかよ……」


 リーダーの男は脱力し、銃をその場に落とした。


「まあだけど、そこのキミ。どうやら成さねばならないことがあるみたいだね」

「私達は手を出さない。やりたいことを、やりたまえよ」

「……はい」


 私は剣を握る右手に力を込め、感じる。

 沸々と怒りが燃えているのを。


「私の友達に酷いことをしたのを、絶対に許しません」

「そんなくだらねえこと、知るか」

「私にとっては重要なことです。私、今からあなたを全力でぶん殴ります」

「へへっ。どうせ助からねえんだ。お前だけでも道連れにしてやるよ。ご親切に、誰も手を出さないでいてくれるらしいからよ」


 男は懐から長めのナイフを取り出した。


 私は宣言する。


「絶対に、誰も手を出さないでください。私が負けそうだとしても」


 どこからか口笛が聞こえた。


「み、美夜……私はもう大丈夫だから……」


 美姫は今にも泣き出しそうな顔で訴えている。

 でも――ここは、ここだけは譲れない。


「うん大丈夫。美姫はそこで観ていて。私、今からこの人をぶっ飛ばすから」


 私はこの人を絶対に許さない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る