08第八幕『慟哭宮の居眠り老師も興奮を隠せない』

 螺旋城らせんじょうという俗称があるらしい。攻め入った敵の軍勢がそう呼んだのか、いにしえの城主が名付けたのか、見たままの形状で捻りを欠く。蜷局とぐろを巻いた大蛇に擬えれば、威厳も風格もあるが、実際は巻き貝を押し潰したような格好だ。


「外側の通路をぐるぐる回ってみたい」 


 城内に入った際、サフィは希望を述べてみたが、却下された。一部が工事中で通行不能なのだという。正確には増築作業中だ。この螺旋城は何百年にも渡って、間延びした増築工事が続いているという。原因は頑固一徹の設計者で、更に元を辿ると彼が見た夢に行き着く。


「御伽噺みたいなもので、設計した人物が実在したのかどうかも判っていません」


 城内の案内役になった若手の聖職者は、そう呟いた。設計者は正体不明なものの、詳細な図面が残っていると語る。何代目かの城主は、因習だと嘲笑って増築を中止させた。本当の理由は経費節減だったようだが、折悪く、災いが続いた。紛争と旱魃かんばつと疫病。以降、歴代の城主たちは災厄を怖れ、増築を推し進めたという。


 例え夢にちなんでいたとしても、サフィには無駄な作業と思えなかった。増築に次ぐ増築で、城内は迷路のようになっている。大きな市場のように廊下は複雑に交叉こうさし、段差があって、不意に大広間が出現する。脈絡がないのだ。


「あの少女は、正真正銘の怪盗だったのかも知れない…」


 サフィは墓苑での遭遇を振り返り、そう実感した。若手聖職者によると、案内する先は秘宝が鎮座していた場所だという。闇雲に突進して偶然、宝石の間に辿り着くことは絶対に不可能だ。侵入者を阻む仕掛けは見当たらないが、狭い箇所も多く、警備陣に囲まれたら、ひと溜まりもない。


「この先が、慟哭宮どうこくきゅうになります」


 やしろや離宮の類いではなく、嘆きの間を意味するという。裏に控える悲痛な逸話が偲ばれるが、現役の聖職者でその名の由来を知るものはなく、ただ言い伝えに従っているだけだと明かす。 


「老師、お待たせしましたぞな」


 白装束の小柄な老人が呼び掛けた。彼が宿で説明した古老の聖職者とは、老師のことだったらしい。最高位の者に相応しく、ほかの白服連中とは異なる金色の装具を身に付けている。威厳があるようには見えない。老師は熟睡中だった。


「な、何事か…」


 肩を叩かれて、老師は一旦目覚めたが、また直ぐに寝た。事件発生から長々とこの間に軟禁されてたのか、椅子に腰掛けたまま身動みじろぎもしない。疲労困憊の様子だ。 


「虹の御影石みかげいしが見つかりましたぞな。ついでに例の魔道士も一緒に」


 側仕えの者が、ふところからガラスの小瓶を取り出して老師の口に含ませた。鮮やかな青の液体。サフィは前に薬師が取り扱っているのを見たことがあった。気付け薬の類いなのか、それを飲み干すと老師は一瞬で覚醒した。


「おお、でかしたぞ、皆のもの。あれが取り戻せないんだら、それはもう、万事休すっていうか、それこそ、本格的にあれだ、余は辞職確定で後継者争いとか、お家騒動は必至といった具合で面倒に巻き込まれて…」


 老師は年不相応に早口で、滑舌もしなやかだった。青汁が効き過ぎて興奮状態なのか、通常モードなのか不明だが、やはり威厳に欠けている。側近が例の光る石を手渡すと、更に色めき立って、もう手に負えない気配だ。


「なんとまあ…いやこれ、虹石なのか。赤く光るわけないじゃろ…いや、よく見なくても本物だ。奇っ怪な。新たな生命の息吹を感じる。それも強く、引き千切られるような、強い力じゃ。うむ、で、おたくは誰?」


 ここで漸くサフィの存在に気付いた。


「私は黒魔道士、その名をサフィといい、東のはての地より来たりて…」


 周到に準備した長い自己紹介文を口上しようと意気込んだが、老師はかなり耳が遠く、側近がその耳元に口を近付けて逐一通訳しなければならないらしい。全然スタイリッシュではない。 


「おお、そうか、あの橋を豪快にぶっ壊してくれた魔道士か。こんな幼い娘っ子だったとは、これまた一驚。想像した通り、黒魔道士さんか。ふむ、ふむ。娘さん、それで、おたくは炎とか雷も撃てるのかい」


 答えはイエスだった。サフィは微弱ながら火焔系や雷撃系の魔法も会得し、使いこなせる。そもそも黒魔道士は攻撃魔法のユーティリティープレイヤーだ。



❁❁❁〜作者より 🔮〜❁❁❁


青汁はファイ○ル・ファンタジーでお馴染みのポーションです。

異世界限定商品かと思いきや、何年か前、秋葉原の自販機で普通に売っていました。値段は二百円くらい。味は…えっと、青っぽい味です。

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