第8話 旅立ち ~榎木 勝太~

 気づいたら、真っ暗闇の中に、おれは立っていた。


「なんだここは? 和恵たちはどこに行ったんだ? 巧斗はどうなった? 死んじまったのか?」


 たった今まで、公園にいたはずなのに、ここはどこだ?

 右を向いても左を向いても、真っ暗でなにもみえやしない。


「榎木さま、七日間、お疲れさまでした」


「うわあぁっ!!!」


 後ろから声をかけられて、ビックリして大声を上げてしまった。

 確か、出かけるときにクソ長い説明をしてきた、真っ白な男がいたけど、そいつか?


 振り返ると、こんな暗闇なのに、真っ黒なスーツで真っ黒な髪の男が立っているのが、ハッキリと見えた。

 薄ら笑いを浮かべているのは同じだけれど、あの白い男とは別人だ。


「ようこそ、この『黒の間』へ。わたくしはコンシェルジュのでございます」


「黒の間? おれは確か白の間から……いやいや、待てよ? おれの期限はまだだよな? 勝手に戻されたってとこかよ!?」


 オサナイは薄笑いを浮かべたままで、わずかに首をすくめる。


「榎木さま、白の間でも説明があったかと思いますが、この旅には、いくつかのルールがございます」


「ああ? それがどうしたっていうんだよ? 今は関係ねぇだろうが?」


「いいえ。大いに関係がございます。チケットの裏面にも記載がありますが……」


 おれは慌ててポケットを探った。

 裏返してみると、注意書きが確かにある。


「榎木さまにおかれましては……一番重大な、四つ目のルールを犯されています」


 四つ目……?


「こういった行為があると、大変なことになると、サキカワがお伝えしているはずですが?」


「四つ目って……者両および現世に生きる人々に危害を加えないこと……? おれは別に危害なんざ加えちゃあいねぇぞ!」


「そうでしょうか? 榎木さまがパチンコ屋で乗り移ったかたは、アルコールを受け付けない体のようでした」


 おれがシンちゃんの体を使って、しこたま飲んだせいで、シンちゃんはアルコール中毒で入院したという。

 だから飲んだあと、妙に息苦しかったのか。


「おれはシンちゃんが飲めないなんて、知らなかったんだ。おれのせいじゃあないだろう!?」


 競輪場で乗り移ったヤツも、おれが飯を食っていたせいで、商談に遅れて、その仕事がなくなったらしい。

 それだって、商談があるのに競輪場になんか、顔を出したアイツが悪いんじゃあないか?


「ほかにもいくつかございますが……たった今も、ご子息を危険な目に遭わされていらっしゃる」


「そうだ! 巧斗のヤツは無事だったのか!?」


「……幸いにも命に別状はなかったようでございます」


 それを聞いてホッとした。

 なあんだ、生きているんならいいじゃあねぇか。

 死んじまったらエライことだけれど、生きているんだったら問題ねぇだろう?


「榎木さま……榎木さまは、無自覚のままに他人を傷つけすぎなのです……」


 事故のことも、飲酒運転をしたほうが悪いのに、歩道に突っ込んだヤツが悪いといって反省も後悔もしない。


 とり憑いてはいけないとの説明があったにも関わらず、ただ、ギャンブルをしたいだけで他人に乗り移った挙句、その相手に危害を及ぼす。


 自分のしたことを棚に上げて、いつでも『おれのせいじゃない』『おれが悪いんじゃあない』といって、悪びれもせずに相手に罪を擦り付ける。


 ここへ来てからだけじゃあなく、生きてるときからずっとだろうと、オサナイがいう。


「んなこと言ったって……そうだ! さっきはおれが乗り移って止めなかったら、和恵も知美も刺されていたかもしれないんだぞ!? おれは、あの二人を助けたんだ!」


 巧斗に怪我はさせたけれど、ああしなければ、止められなかったじゃあないか。

 それに、怪我で済んだんだから、そう悪いことでもないだろう?

 あれしか方法はなかったと、おれはオサナイに反論した。


「本当にそうお思いですか?」


「もちろんだ! あれしかなかった!」


「あのとき……刃物を持った男のほうに乗り移っていたら、どなたも怪我をすることなく刃物を収められたのでは? ご子息も怪我を負うようなことは、なかったでしょう」


 おれはハッと息を飲んだ。

 確かに、その通りだとは思うけれど、あの場で、咄嗟に思いつくワケがないじゃないか。

 おれのせいじゃあない。悪いのは刃物の男と、あんなところに居合わせた巧斗だ。


「そうやってすぐに、ご自身を正当化されて、誰かに責任を擦り付けてこられたのですね?」


「だってそうだろう!? おれはなにも悪くないじゃねぇか!」


「いいえ……これまでずっと、悪いのは、榎木さまでございます」


 ずっと崩さないままのオサナイの笑顔が、急に邪悪にみえた気がして、おれはたじろいだ。


「もとより榎木さまの旅立ちは、この『黒の間』からとなっておりました。七日間の過ごされかた次第では『青の間』から、という可能性もございましたが……」


「白だの黒だの青だのって、それが一体、どうしたっていうんだ!」


「ただでさえ、あなたが飲酒運転をしたせいで、失われてしまった命が多かったというのに、これ以上、自由にされては、ますます被害が増えるでしょう」


「だから、あの事故は――」


「悪意がなけれはいい、という問題ではございません。ここで、榎木さまの旅は終了となります」


 オサナイが深々と頭を下げた。


――ガクン――


 腰がヒュッとなる感覚で、おれは下に落ちたとわかった。


「落ちてどこへ行くっていうんだ!」


 上も下も、右も左も、全部真っ暗闇でなにもみえない中、オサナイの声が響いてきた。


「それはもちろん、最下層――『地獄』でございます」


 おれはなにも悪くないのに、地獄だと?

 ふざけるな!

 最後は人助けまでしてやったのに!!!


 真っ暗闇の中、落ちていくおれは、延々と恨み言を叫び続けた。


榎木 勝太えのき かつた 55歳 男 無職 黒の間より落下】

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